メールマガジン バックナンバー

4078号 2025年4月25日

「悪貨が良貨を駆逐する」のはなぜか? ー”情報の非対称性”のお話から紐解くー

(本日のお話 3038字/読了時間4分)

■こんにちは、紀藤です。

昨日は、1件のアポイント。
午後からは、外部人事顧問として関わらせていただいているクライアント様への、
コーチングと勉強会の実施でした。

また夜はランニング8km。
そして、それに併せて、ランニングがてら都内某所のストリートピアノに立ち寄って本番前の人前で引く練習でした。
(と思いきや、ピアノが古くて77鍵盤しかなく、鍵盤が足りずに弾けませんでした汗)



さて、本日のお話です。

先日から始めました『世界標準の経営理論』の読書レビュー、今日も引き続きお届けしてまいります。
本日は「第5章 情報の経済学」です。全40章のうち、まだまだ序盤戦。この章からは「組織の経済学」と呼ばれる領域に入っていきます。

経済学の前提は「人の合理性」です。つまり、各人が自分にとって可能な行動の中で、最も好ましい行動をとるという考え方です。この経済学のディシプリンの中で生まれた経営学において、「組織が合理的に行動をとる」とする見方に焦点を当てていくのが、ここからの章になります。

そして、その「組織の経済学」に焦点を当てた第一歩が、この章「情報の経済学」で、キーワードは「情報の非対称性」です。

サブタイトルにあった「悪貨が良貨を駆逐する」という言葉があるのですが、読み進める中で「なるほどな」と実に納得したのでした。

ということで、詳しく見ていきましょう!

■アカロフの「レモン市場」

本章の冒頭で紹介されるのが、「アカロフのレモン市場」という話です。

――――
“レモン”というのは、いわゆる英語の表現で、中古車のことを意味します。この事例を取り上げたのが、カリフォルニア大学バークレー校のジョージ・アカロフ。彼はこの中古車市場についての論文を書き、それが評価されて2001年にノーベル賞を受賞しました。
――――

どういう話かというと、こう言う話です

・中古車の売り手が持っている情報と、中古車の買い手が持っている情報には「非対称性」があります。つまり「売り手のほうが情報量が多い」のです。

・このとき、合理的に考えるとどうなるでしょうか。

・たとえば、売り手には二通りの人がいる可能性があります。一つは「正直な営業マン」。中古車の本当の価値が150万円だったら、ちゃんと150万円で提示します。

・一方、「虚偽表示をする営業マン」もいます。本当の価値は100万円でも、150万円と提示する。なぜなら、買い手には本当の価値が分からないからです。

・買い手側も、合理的に考えます。「もしかすると、この価格は割高かもしれない」と疑念が生まれ、値下げを依頼しようとします。

・すると、どうなるか?

・「正直な営業マン」は、本当に150万円の価値のある車を150万円で売っているので、値下げには応じられません。一方、
「虚偽表示をしている営業マン」は、100万円の価値の車を150万円で売っているため、たとえ少し値下げしても十分な利益が出ます。
よって、「虚偽表示をしている営業マン」はディスカウントで値下げができ、販売もでき、利益もでます。

・その結果、「正直な営業マン」は売れず、その正直さゆえに市場から撤退せざるを得なくなります。そして、「虚偽表示をする営業マン」だけが市場に残ることになります。

――― これが、「悪貨が良貨を駆逐する」という現象です。

■「アドバース・セレクション」とは何か

このような現象を、専門用語で「アドバース・セレクション(逆淘汰)」と呼びます。

情報の非対称性があると、完全競争市場のある条件——つまり、企業の製品・サービスについて顧客や競合が完全な情報を持っているという前提——が崩れます。

結果として、情報を持つプレイヤーにとって「嘘をつく」インセンティブが働くのです。そうなると、正直なプレイヤーが去っていき、虚偽表示をするプレイヤーだけが市場に残ってしまう。

その結果、市場自体の価値が下がっていく。

これが、アドバース・セレクションのもたらす副作用であり、この章の本質的な問題提起です。

■ビジネスの現場にひそむ情報の非対称性

では、具体的に情報の非対称性による「アドバース・セレクション」が、ビジネスの現場にどのように表れるのでしょうか?
大きくは以下の3つが紹介されていました。

――――
(1)就職市場
売り手(学生や転職希望者)が、自分を過剰に脚色しがち。一方、買い手(企業)は疑ってかかるため、労働条件を下げざるを得ず、本当に優秀な人材を惹きつけられなくなる。

(2)保険市場
買い手が自分のリスクを知っているため、事故リスクが高くても「自分は安全」と主張して保険料を下げようとする。

(3)融資や投資の場面
銀行が与信調査をしても、企業側はできる限りよく見せようとする。企業買収の場面でも、買収される企業は不都合な情報を隠すインセンティブが生じる。
――――

こうした非対称性は、さまざまな場面で、意思決定や信頼関係に悪影響を及ぼしているようです。

■「アドバース・セレクション」の未来

そして今後、この傾向はより強くなるとされています。
その背景には、以下のような社会的変化があります。

――――
1,起業ブームの到来
スタートアップ企業は情報開示義務が緩く、外から実態が見えづらい。投資判断が難しくなる。

2,国際的なビジネスの加速
国をまたいだ買収などでは、制度や文化の違いも加わり、情報把握がさらに困難に。

3,インターネット市場の拡大
メルカリなどのCtoC取引においても、中古品をめぐるアドバース・セレクションが頻発します。
――――

そういえば先日「X」を見ていたら、「メルカリで買ったヴィンテージの服がとんでもなくひどい状態で届いた」といったエピソードが話題になっていました。これも情報の非対称性から生まれる副作用の一つかもしれません。

■私自身のエピソード「16万円の中古車」の話

ここで少し、私自身の体験をシェアさせてください。

現在、東京と沖縄を行き来する生活を送っており、沖縄では移動手段として中古の軽自動車が必要になりました。いろいろ探した末に、「16万円」という破格の中古車を購入することにしました。

走行距離や事故歴、装備などの情報を一通り確認し、「この価格なら合理的だろう」と思って決めたのですが、納車後に思わぬ問題が次々と明らかになりました。

まず、乗って2週間でエアコンが壊れる。半年でブレーキにも異常が発覚。購入前には見えなかった“中身”が、乗り始めてから徐々に顔を出してきたのです。

当時、売り手は「いい車ですよ!」と言っていましたが(16万円でいい車のはずがない笑)、実際の内部状態はあくまで見えない状況です。結局中身はボロボロで、実質ジャンク品のようなものだったのでしょう。

そうして、後になって明らかになる不具合を前にすると、「これが“情報の非対称性”か」と、理論と現実が結びついていくような感覚がありました。良い勉強になりました(とはいえ、今も修理して元気よく走っています)。

■まとめと感想:「信頼」という経済資本

さて、この章を読みながら、このような情報の非対称性において、最終的に頼るのは「信頼」なのではないか、と思いました。

たとえば一度でも取引したことのある業者、あるいはプラットフォーム自体に信頼があれば、「ここなら安心だ」と思える。

たとえ価格が少し高くても、信頼できるブランドや人からなら、買おうと思える。これはまさに「信頼という経済資本」があるからこそです。

「情報の格差」が深まる時代だからこそ、ビジネスにおける“信頼”という無形の価値の重要性が、ますます増していくのだと、改めて感じた次第です。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

※本日のメルマガは「note」にも、図表付きでより詳しく掲載しています。よろしければぜひご覧ください。

<noteの記事はこちら>

365日日刊。学びと挑戦をするみなさまに、背中を押すメルマガお届け中。

  • 人材育成に関する情報
  • 参考になる本のご紹介
  • 人事交流会などのイベント案内

メルマガを登録する

キーワードから探す
カテゴリーから探す
配信月から探す