バックナンバー922号 2016年8月23日

「努力の方向性」は間違っていないか

(今日のお話 1043字/読了時間1分半)
■おはようございます。紀藤です。

昨日は有給を頂き、
引き続き長野に行っておりました。

さて、夏休みも終わりということで、
今日からフル稼働したいと思います。



さて、早速ですが、
本日のお話です。

元々長野に行ったのは、
テニスコーチ主催の「テニス合宿」に
参加したことがきっかけだったのですが、

そのイベントにおいて、改めて
”「コーチ」の重要性”というものを
痛感いたしました。


今日は、

「努力の方向性」

というテーマで、
自己を効率よく、効果的に成長させるにあたっての気付きを
皆様にご共有させていただきたいと思います。

それでは、どうぞ。

■ テニスのコーチが、
練習中に、こんな言葉を行っていました。

「変なフォームの時に、
 いくら打っても意味が無い。

 いいイメージの時に反復させて、
 そうじゃないときは一旦やめる。

 正しい打ち方で練習を繰り返さないと、
 変な打ち方のクセがつくだけ。

 上手くなるどころか、
 逆に”退化”することだってあるんですよ」
と。


■ 上手く行かないと、悩みます。

「なんで上手くいかないんだろう」
「もっと上手くなりたい、上達したい」
「もっと練習せねば」

そう強く思って、たとえ、

「たゆまぬ努力」

を重ねたとしても
もし、その方向性が間違っていたとしたら、
どうなるのか。

自分では「これでいい」と思っていたのに
レベルが数段上の人から見たら、
「間違っている」やり方だったとしたら、
何が起こるのか。

残念ながら、
コーチが言うように、


「努力報われず、むしろ退化する」
(=成果がでない悪癖が身につく)


ということすら、
起こりうるのでしょう。


■ 「悪癖」がつくと、
それを剥がすため、修正するために、
さらに時間が必要になります。

と、すると、
何か自分がこれから始めよう、

またはできるだけ最短距離で
熟達への道を歩もうとするのであれば、

「その方向は間違っているよ」
「このまま行けば大丈夫だよ」

と、耳元で常に言ってくれる
その道を通ってきた数段上の存在、

すなわち、いわゆる、


「コーチ」や「指導者」


なる存在が、
大変重要になるのだろう、

そのように思いました。


■ オリンピックが閉会をしましたが、
たくさんの選手の脇に、共に歩んできたであろう

「監督」「コーチ」「指導者」

なる存在がいて、
常に選手を励まし、
共に喜び、そして声をかけるシーンが、
幾度となく見られました。


完全なる超一流で、
プロである彼・彼女らですら、
そのような「道を示すもの」の存在がいるもの。

だからこそ、
何かを身に付けようとする際は、
その道において、


『努力の方向性が間違っていないか』


を指南し、導いてくれる存在を持つことが、
自らを上手に育てる上で、
とても重要なことなのであろう、

そのように感じた次第です。


自分のこだわりの分野においては、
仕事でも、プライベートでも、
いい指導者・コーチ、先輩、
見つけていきたいものですね。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本日も皆様にとって素晴らしい一日となりますように。

【本日の名言】 生まれが同時代、仕事が同業といった、
身近な人から学ぶ必要はない。
何世紀も普遍の価値、普遍の名声を保ってきた作品を持つ、
過去の偉大な人物にこそ学ぶことだ。

ゲーテ

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