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4464号 2026年5月16日

なぜ、毎年100kmマラソンを走るのか? ー野辺山ウルトラマラソン8回目の挑戦に向けて思うことー

(本日のお話 2433字/読了時間3分)

■こんにちは。紀藤です。

昨日金曜日は、2件のアポイント。

また夜は教員として関わらせていただいている
「リーダーシップ概論」の授業の学生との打ち合わせでした。

授業プログラムの設計で、はじめての試みをするので、
実際にどんな風になるのか、ドキドキしております。



さて、本日のお話です。

私事ですが、明日、「野辺山ウルトラマラソン100キロ」に参加してきます。

2017年からスタートし、開催された年は欠かさず参加してきました。

今回で、なんと8回目のチャレンジとなります。
年を重ねたものです…。

これまでの自己ベストは11時間31分。

そして、出走したレースはすべて完走しており、今のところ無敗です。

5月になるたびに毎年恒例の儀式のようになってきており、以前は1ヶ月前からドキドキしていたものですが、今となっては「いつもの週末のイベント」くらいの、不思議な感覚になっている今日この頃。

そんな野辺山の前日に、少しだけ語ってみたいと思います。

なぜ毎年100キロを走るのか。
そして、この8年間で気づいたことについて。

それでは、どうぞ!

■野辺山ウルトラマラソンとは、どんなレースか

野辺山ウルトラマラソン100kmとは、八ヶ岳の山々をアップダウンを繰り返しながら走るタフなレースです。
獲得標高は2,300m。解説としてはこんな風にネットでは語られています。

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野辺山ウルトラマラソン(正式名称:星の郷八ヶ岳野辺山高原100kmウルトラマラソン)は、長野県の南牧村など5町村にまたがる標高1,000m以上の高原地帯を舞台とした国内屈指の過酷な大会です。
その起伏に富んだ難コースから「東の横綱」とも称されています
※GoogleAI検索より
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最初の区間で山をひとつ登り、そして足が動かなくなってきた70km地点でまた1,000mほど急激に上がっていく。
そのコースの過酷さから、「野辺山を制する者はウルトラを制す」と、この界隈では言われております。

■なぜ100キロを走ろうと思ったのか

そして、よく聞かれる質問で「なぜ100km走ろうと思ったのか?」という話の答えは至ってシンプルで、「友達に誘われたから」です。

そもそも100kmマラソンというものが存在することすら知りませんでした。
100kmといえば24時間テレビのイメージ。自分がやってみようという選択肢にすら、まったく入っていなかったというのが正直なところです。

ある論文の中に、なぜウルトラマラソンを始めたのかという調査がありました。
それによると、23%の人が「他者の影響」をきっかけに挙げています。

いくつかのきっかけは、他者からもたらされる。

人生における大切なことの多くは、自分一人では思いもよらなかった方向から、やってくるのかもしれません。

■ウルトラマラソンは、やっぱりしんどい

毎年走るたびに思うのですが、100kmは「やはりしんどい」のです。

どれだけ慣れても、70km地点になると「なぜ自分は参加してしまったんだろう」という気持ちが、ほぼ確実に湧いてきます。

足が動かなくなり、それでも気持ちだけで前へ進む。
ペースが落ちないように、ただただ耐える。

一番最初に走った時は、本当にドキドキしながら走りましたし、自分を最後まで追い込もうと粘った2022年のレースでは、人知れず涙を流してしまうほど、自分を限界まで追い込んで頑張りました。

制限時間ギリギリの14時間の100kmのゴール地点では、完走後に涙している人もちらほら見られ、感動します。

一方で、昨年2025年のレースでは、前日に仕事が夕方まで入っていた影響で移動が遅くなり、睡眠時間もほぼなく、食事もろくに取れず、エネルギーが枯渇した結果、レース中に寝てしまうという出来事もありました(汗)。

それでも毎年、何かしらの思い出が必ず残る。

そこが、このレースの不思議で愛おしいところです。

■ウルトラマラソンは、孤独なレースである

ウルトラマラソンもマラソンも、基本的には一人で走ります。

仲間と行ったとしても、やっぱり「最後は一人」なのです。

そして何より、「毎年、野辺山に出続ける」と決めてから気づいたことがあります。

それは、

「一緒に走っていた仲間が、だんだんといなくなっていく」

ということです。

始めた頃は盛り上がって、いろんな人が集まってきます。でも、続けることはなかなか難しい。
1回目、2回目と参加する人は減り、3回目にはさらに減り、5回目ともなれば当初一緒に走った仲間はほぼいなくなる。

そして今年、8回目を迎えた今、最初から継続して毎年会う仲間は1人だけになりました。

10回完走すると「デカフォレスト」という称号が与えられ、ゼッケンの色が「白」→「黒」に変わります。
その黒いゼッケンをつけた人たちは、どこか仲間とつるむというよりも、一人淡々とやっているイメージがある。
レース中も、前日の宿でも、一人で粛々と準備をして、一人で布団をきれいに畳んで、静かに出ていく。

その背中に「孤独」の匂いがしながらも、美しさを感じるのです。

そして、私が「なぜ100kmを毎年走るのか」も、「淡々と続けていく姿に美しさを感じるから」なのです。

才能がなくても、続けること、努力をすることで、自らを高い場所に置き続けることができる。
それが、凡人である自分の、存在証明であるようにも感じるのです。

野辺山にも、70歳になっても、100kmを走り続けている猛者がいます。
その姿には、神々しさすら感じます。

人生というレースは、持久走です。

土俵に上がり続けた人には、希少性が生まれ、そして独自の輝きを放つように、私には思えます。

そして、自分もそうなっていきたい、と思うのです。

■宣言:今年は「自己ベスト」を狙う

今年は過去最大に暑い週末になりそうです。

最高気温26度、ほぼ夏(笑)。

歴代のレースを見ると、最高気温が25°だったときは、完走率が50%まで下がっていました。

今年はそれを越える暑さになる予定です。

そんな状況で自己ベストが出せるかどうかは、自信を持って断言はできません。

しかし、今年サブ3を目指して練習した走力が、きっと自分の中で育っていると信じ、自己ベストを目指したいと思います。

そして、100kmマラソンを70歳になってもずっと走り続けられるような、そんな身体と習慣を育てていけたなら、きっと人生はもっともっと豊かになるのではないか…と。

明日も通過点です。楽しみながら、挑んで行きたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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