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399号 2014年10月22日

「絶対に」「間違いなく」よりも、「多分そうでしょう」くらいがいい

■おはようございます。紀藤です。

今日のお話は、
私たちの会社の名前のルーツにもなっている
ベンジャミン・フランクリン(100ドル紙幣の人です)
「フランクリン自伝」から一つ。


それは、彼がまだ若かりし頃の話です。

彼は当時、議論が大好きで、
同じ町の友人と、何かにつけて議論をしていました。

どんな状況であれ、
「相手を言い負かしたい」
そればかりをと心から願っていたそう。


■何が何でも、相手を言い負かしたい。

これは、議論のための議論を呼び、
「彼がこういったから、私は反対の意見を言う」
という立場をとらざるを得なくなりました。

そうすると結果的に、
本当であれば友情が得られるかもしれない場合でも、
相手に不愉快な気持ちを呼び起こさせ、
場合によっては敵意さえ起こさせてしまう。

この事実に、フランクリンはある時に気が付きます。

そんな中、彼は
『ソクラテス追想録』という本に出会います。

そこには今まで自分の考えていた論争法と
別の方法が書かれていました。

「いきなり人の説に反対したり、
 頑固に自説を主張したりするのではなく、
 謙遜な態度でものを尋ね、物を疑え」

これを見て、彼は大変感銘を受け
自分にとりいれよう、と決めたそうです。


■その後、彼はどれだけ自分が賢く、
そして「絶対に間違っていない!」と思う時でも、

「疑いなく」「間違いなく」、
という他意見に断定的な調子を与える言葉は
一切使わないようにして、その代わりに
「私はこうではないかと思う」
「私にはこう感じられる」
「多分そうでしょう」
というような謙遜な遠慮がちな言葉で
自分の考えを述べるようにしたとのこと。


■彼は、自身の自伝でこのように言っています。

”談話の主要な目的は、教えたり教えられたり、
人を喜ばせたり説得したりすることになるのだから、
人を不快にさせ、反感を惹き起こしてはならない。
言葉というものが我々に与えられた目的、
つまり知識なり楽しみなりを受けたり、与えたりすることを、片端から駄目にしてしまうような、押しの強い、高飛車な言い方をして、
せっかくの善をなす力を減らしてしまうことがないよう、
私は思慮に富む善意の人々に望みたい。”

いくら意見が正しくても、
相手の気持ちを慮らず、独断的な言葉で話をしてしまえば、
相手は反対したい気持ちになり、素直に聞いてはくれない。

このことは300年前でも、現代でも、
全く同じなようです。


■「7つの習慣」では

”第五の習慣 まず理解に徹し、そして理解される”

という習慣があります。

これは【人間関係での成功】のために、
必要なスキルについて触れている習慣です。

相手の気持ちを理解すること、
相手に共感すること。

実は、人と協力をし、何かを成し遂げることに役立つのは
「理路整然とした、正しい自分の意見の主張」
よりも、
「相手の気持ちを慮り、理解する傾聴」
の方が、より効果的で、
先に立つものであると言えるようです。

何か正しいことを言わねば、
と、私たちはつい思いがちですが、
・謙虚に自分の意見を言う事。
・相手の気持ちを慮ること。
・相手の気持ちを理解すること。
このような当たり前があってこその、
正しい意見や自分の主張、ということを改めて心に留めておきたいな、
と思った次第です。


最後までお読み頂き、ありがとうございます。
今日が皆様にとって、素晴らしい一日になりますように。

【本日の名言】 自然は人間に一枚の舌と二つの耳を与えた。
だから人は話すことの二倍だけ聞かねばならない。

                ゼノン

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