「もっと大変な人もいる」と思うと、なぜ心が軽くなるのか? ―「下方比較」の原理を読む―
(本日のお話:4105字/読了時間5分)
■こんにちは。紀藤です。
昨日は、製造業の一般職の皆さま、約70名への
「ストレングス・ファインダー研修」の実施でした。
かなり幅広い年齢層の方もいらっしゃいましたが、
前向きかつ、強みについて対話いただいているようすが伝わってきて
大変嬉しい時間でもありました。
ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました!
また、18kmのランニングでした。
涼しくなって「練習をやり切る」ことができているので、
ここから走力も上げていきたいと思います。
自分に、負けないように。
*
さて、本日のお話です。
先日、「なぜ、つい人と比べてしまうのか?」という問いについて、
社会的比較理論の出発点となった、1954年の古典的な論文をご紹介しました。
そこでは、
⑴人には自分の意見や能力を評価したいという欲求があること、
⑵能力について「よりよくなりたい」という上に向かう力があること、
が論じられていました。
さて、今日は、その続きとなる論文です。
今回のテーマは「下方比較」。
つまり、自分よりも恵まれていない状況にある他者と、
自分を比べることです。
結論を先にお伝えすると、本論文では
「つらいとき、自分よりも恵まれない他者と比較することで、気持ちが楽になることがある」
という理論が提示されています。
……正直な話、よくわかるな、と思うわけです。
自分がちょっとつらいときに、「もっと大変な人もいる」と、
自分に言い聞かせてみる。
そんな経験をした方も、いるのではないでしょうか。
では、こうした比較は、どんな状況で起こりやすいのか?
どんな形で行われ、どんな人が行いやすいのか?
そんなことを整理した研究から、
「下方比較」の世界を見てまいりましょう。
それでは、どうぞ!
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<本日の論文>
タイトル:Downward Comparison Principles in Social Psychology(社会心理学における下方比較の原理)
著者:Thomas Ashby Wills
所属:American Health Foundation(米国・ニューヨーク)
掲載誌:Psychological Bulletin, 90(2), pp.245–271
出版年:1981年
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■30秒でわかる本論文のポイント
・つらいとき、自分よりも恵まれない他者との比較が、
主観的ウェルビーイングを回復させることがある、
という理論を提示しています。
・とくに、自尊心が脅かされ、
行動によって状況を改善することが難しい場面に注目しています。
・下方比較には、すでにある比較の機会を利用する形と、
他者を貶めたり傷つけたりして比較の機会を作る形があります。
・自尊心が低い人ほど下方比較への動機が強い、
という予測が示され、関連する先行研究が検討されています。
※本論文は先行研究を統合した理論的レビューであり、
下方比較が誰にでも有効だと証明したものではありません。
■研究の背景と目的
人は、自分の立ち位置を知るために、他者と比較します。
しかし、比較する理由は、「自分を正確に知りたい」だけではなく、
「自分について、少しでもよく感じたい」という理由もあります。
実は、正確な評価を知ることが、
かえって自分を傷つけることもある。
そんなとき、人はどのような相手と比べようとするのでしょうか。
研究者は、
「恐怖を感じている人が同じく苦しんでいる他者と一緒にいたがること」や、
「自分より不運な人がいると満足感が高まること」などに注目しました。
そして、これらを
「比較によって、自分の気持ちを回復させようとする」
という共通の仕組みから説明しようとしたのが本論文です。
■研究の方法
本論文は、「理論的レビュー」です。
著者が新たに一つの実験を行ったのではなく、
「恐怖と親和欲求」「比較対象の選択」「スケープゴート」「投射」「偏見」
「攻撃行動」「ユーモア」などに関する先行研究を検討しています。
そのうえで、異なる領域の研究結果を「下方比較」という枠組みで整理し、
基本原理と、そこから導かれる予測を提示しました。
したがって、以下の「わかったこと」には、
先行研究で観察された現象と、
それを説明する著者の理論的な提案が含まれています。
■主な結果(わかったこと)
著者は、下方比較理論を構成する主要な原理と、
そこから導かれる「系(Corollaries)」を、以下のように定式化しました。
(「系」とは、基本原理から導かれる予測のことです)
■ポイント1:基本原理「人は自分より恵まれない他者と比較することでウェルビーイングを高める」
人は、自分より恵まれない他者と比較することで、
主観的ウェルビーイングを高めることができる。
これが、下方比較理論の出発点です。
「主観的ウェルビーイング」とは、
自分の状況について感じる幸福感や満足感などを指します。
自分の状況そのものが変わらなくても、
「自分よりも大変な状況にある人がいる」と知ることで、
気持ちが少し楽になることがある、ということです。
■ポイント2:状況的系「自尊心が脅かされたり、ネガティブな感情を抱いたりすると、下方比較が起こりやすい」
下方比較は、主観的ウェルビーイングの低下、
つまり、自尊心への脅威やネガティブな感情によって引き起こされる。
自分に自信がなくなったり、失敗して落ち込んだりしたときに、
下方比較への動機が強まる、という予測です。
とくに本論文では、
行動によって状況を改善することが難しい場面に注目しています。
すぐには現実を変えられない場面では、
比較によって、その現実の受け止め方を変えることが、
気持ちの回復につながり得るわけです。
■ポイント3:受動的・能動的系「下方比較には、比較の機会を利用する形と、自ら作り出す形がある」
下方比較は、「受動的」な形でも、「能動的」な形でも起こります。
それぞれ、次のように整理されています。
・受動的(Passive):すでに存在する「より不運な他者」の存在を利用して比較する。
・能動的(Active):他者を積極的に貶めたり、他者に害を与えたりすることで、
自分に有利な比較の機会を生み出す。
受動的な形は、誰かの大変な状況を知って、
「自分はまだ恵まれているところもある」と感じることです。
一方、能動的な形には、さらに二つの形があります。
一つは、他者を貶めること。
相手を悪く評価することで、自分と相手の心理的な距離を広げ、
「自分のほうがましだ」と感じられるようにします。
著者は、スケープゴートをこの形の例として挙げています。
もう一つは、他者に実際に害を与えること。
相手をより不利な状況に置くことで、
「自分より不運な他者」との比較の機会を作り出します。
著者は、敵意に基づく攻撃などを、この形と結びつけています。
同じ下方比較でも、すでにある状況を見て安心することと、
他者を傷つけて安心しようとすることでは、
そのあり方が大きく異なります。
■ポイント4:パーソナリティ系「自尊心が低い人ほど、下方比較を行おうとする動機が強い」
自尊心(Self-esteem)が一時的、あるいは慢性的に低い人物ほど、
下方比較を行おうとする動機が強い。
自分への評価が低くなっているときほど、それを回復させたくなる。
そのため、自分に有利な比較を求めやすくなる、という予測です。
本論文では、この予測を支持する先行研究も紹介されています。
ただし、直接検討した研究はまだ少なく、
「自尊心が低い人は必ず下方比較をする」という意味ではありません。
■補足:比較の対象と、それに伴う複雑な気持ち
著者は、さらに二つの原理を示しています。
一つは「ターゲット原理」です。
他者を貶める形の下方比較では、
社会的に貶めることが容認されやすい、
低い地位に置かれた人や集団が対象になりやすいとしています。
もう一つは「両価性原理」です。
他者の不幸との比較に、人は複雑な気持ちを抱きます。
「相手は気の毒だ」と思いながらも、
「自分はまだよかった」と安心してしまうことがあるのです。
他者の不幸を喜んでいるとは限らない。
それでも、自分への評価や気持ちを回復できる機会があれば、
利用してしまうことがある。
そんな心の動きも、下方比較理論に含まれています。
■考察
この論文の特徴は、比較を「自分の位置を知る行為」だけでなく、
「自分の気持ちを整える行為」として捉えたことにあります。
とくに、現実の問題をすぐには解決できないとき、
比較は状況の受け止め方を変える手段になり得ます。
ただし、「気持ちが楽になること」と「問題が解決すること」は、別です。
また、攻撃や偏見のような複雑な現象を、
すべて下方比較だけで説明できるわけでもありません。
この点は、著者も認めています。
■研究の限界
まず、理論的レビューであるため、
下方比較の効果を一つの統一的な実験で検証した論文ではありません。
また、比較対象の地位に関する議論では、
中流階層の大学生を用いた研究が多く、
「地位が低い相手を選ぶ」のか、「自分とは異なる相手を選ぶ」のかを
分離しにくい問題が指摘されています。
そして著者は、困難への対処には、
現実を受け入れる、自分の失敗を笑う、他者のよい情報に目を向けるなど、
別の方法もあると述べています。
■まとめと感想
いつだったか忘れましたが、ポジティブ心理学の有名な学者が、
日本での講演でこんなお話をしていたことを思い出しました。
「日本は国際的に見れば恵まれた面も多い。なのにウェルビーイングが低い。
世界を見渡してみると、自分たちがどれほど恵まれているかに気づくこともあるのではないか」
「自分より恵まれていない状況との比較は、
よくないことだと思われがちだけれど、役に立つこともある」
正確な言葉は覚えていませんが、
そんな趣旨だったように記憶しています。
そして、今回の論文を読んで、そのお話をふと思い出しました。
もちろん、能動的に他者を貶めたり、
スケープゴートを作り出して害を与えたりすることは、
望ましいとは思いません。
ただ、自分の心の中でバランスを取るために、
「いやいや、自分にも恵まれているところがあるよね」と感じることは、
一つ大事なことではなかろうか、とも思うわけです。
自分の能力や置かれた状況が変わらなくても、
誰と比べるかによって、自分への評価は変わります。
比べるものが違うだけで、嬉しくなったり、悲しくなったりする。
人間の心とは、なんとも移ろいやすいことか。
…であるならば、自分をどの枠で、どの物差しで見ているのかに、
少し自覚的になってみる。
向上したいときには、上を見て学ぶのもよし。
つらいときには、自分にすでにあるものにも目を向ける。
そんなふうに、比較との付き合い方を考えていくことは、
大事ではなかろうか。
そんなことを思った次第です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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