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3434号 2023年7月19日

120kmからが本当のスタート(そして絶望の始まり) ~263kmマラソン体験記(2)~

(本日のお話 4156字/読了時間5分)

■こんにちは。紀藤です。

さて、7/15(土)17:00に
弘前公園東門をスタートした
「みちのく津軽ジャーニーラン」。

本日も超ウルトラマラソンの旅路の、
続きをお話させていただければと思います。

それでは早速まいりましょう!

タイトルは

【120kmからが本当のスタート(そして絶望の始まり) ~263kmマラソン体験記(2)~】

それでは、どうぞ。

■初日の17:00。

雨の中、140名の面々が
比較的にこやかな面持ちで
一斉にスタートしました。

実際の顔ぶれを見ると、
圧倒的に50代のおじさま、おばさまが
多数の参加者でした。

見た感じ、鍛えまくっているという感じでもなく
どこにでもいそうな普通の人です。

(よく考えると
263kmエントリーをしている時点で
だいぶ変わった集団なのですが・・・汗)

皆元気なので、

「楽しみましょうねー」

などと言っています。

後半はそんな気持ちになれないことは
誰もがわかっていても、
そう言いたくなるのが人の常です。

■さて、スタートから
ゴールまでの263kmの道のりは、

「地図」

を渡されており、
そこにルートが載っています。

約30ページ。

内容は中学校の地理の時間で
資料としてみていたあの地図です、
(桑畑とか、色々ある記号がやつですね)

それを見ながら、
道を間違えないように
ひたすら、進む、進む、進むのみ。

この時期の

日の入は19:00、
日の出は4:38とのことで、

この間は、暗闇です。

街頭がある場所もありますが、
山の中に入ると何も見えません。

ゆえに、ヘッドランプと
後方に赤色の点滅灯をつけるのが
必須となります。

■スタートしてから

約20km、嶽温泉と呼ばれる
山の中にある温泉が最初の休憩所。

その頃には、
辺り一面、暗闇です。

2時間強経っていますが、
前後の距離も開きつつある中で、
孤独感が募ってきます。

仲間の中から

「いつまで一緒にいくつもり?」

(100kmのレースタイムは、私が一番早かったため
どうせさっさと行くんでしょ、的な意味を含む)

と言われました。

しかし、

蓋を開けて暗闇に包まれると、
実に心細い。。。

これは日中のレースでは体験しない
精神的な負荷でした。

■まだ始まって
3~4時間しか経ってません。

距離も20kmで、
10分の1も進んでいない中

これから240kmも走るのか・・・
と憂鬱な気持ちに一瞬襲われます。

そんな風に足を動かしていると、
30kmほどで、複数のライトが
固まって走っているのが見えました。

ペースを速めて追いつくと、
4人のうち3人の仲間(提督、ヒロポン、エンディ)が
集団でした。

「やっと追いついた!」

そうして、そこに合流をすると、
なんとも安心した気持ちになりました。

■結局走るのは一人でも、

「誰かと一緒にいる」

ということが

気持ちの上での負荷を
和らげてくれるんだな、、、

そう痛感し、感謝の思いが芽生えます。

■旅は道連れ。

郷に入れば郷に従う、ではないですが、
皆と走っていると

”あるルール”

があることに気づきます。

ふと、ランナー4名の船団長の提督が
「ブレイク!」と言いました。

すると、皆が一斉に歩きます。

そして暫く歩くと、
ふとスッと手を挙げました。

すると、皆が一斉に走り出しました。

これは通称「電柱ゲーム」というもの。

400m走って、100m歩く、
これをひたすら繰り返すことで
距離を稼ぐというゲームです。

”ひたすら走り続ける”

という行為がキツいのが
ジャーニーラン。

「あと◯◯m走れば、歩いてよい」という
小さなゴールを決めると
走り続ける気持ちを維持されます。

「それを仲間と一緒に、
皆で行うこと」

により、

余力がある人は皆をひっぱり、
きつい人は、背中を押してもらう、

と補い合って進むという
戦術の一つです。

■そして、

「ブレイク」→「走る」の
繰り返しをひたすら続けて、深夜23時。

チェックポイントの

「日本海拠点館(46km地点)」

へ到達します。

なにかの本で

「48km以上の長距離ランニングは
体にとって悪影響しかない」

と読んだ記憶がありますが、
まさにそんな感じ。

正直、もうすでに足が痛くなっています。
運動用のスマートウォッチ(Garmin)でも、
50kmで「スタミナ0」になっています。

皆も口々に

「足が痛い」
「太ももが重い」

と語り始めます。

でも、宙に浮いた言葉を
回収するのは、

「50km走れば、
誰でもそうなるよね。
頑張ろう。」

と痛みに対する諦めと受容、
そして覚悟を伴った言葉しかなく、

この大会に参加した宿命を
受け入れるようにつぶやくのでした。

■続く闇の中での
ランニングは精神的に堪えます。

夜23時から、翌朝4時まで
暗闇の中を走り続けなければならない。

この時間に対して

まだまだ続く旅路に向けて
できるだけ精神も肉体も
「省エネ」で進む必要があります。

黙って無にして走れたら
それは素晴らしいこと。

でもつい痛みや辛さに
目が向いてしまうのが人です。

その中でお互いに、
「夜のピクニック」のように
身の上話をお互いにしたり、

ここでは語れないような
赤裸々な話を語りつつ走ると、
意外と時間があっという間に過ぎていくのでした。

だいぶ長い距離を
走っていたように思いますが、

土偶で有名な亀ヶ岡遺跡を過ぎ、
そして、湿度が高い中で
粛々と歩みを進めていきます。

■ふと気づくと朝4:00。

だんだんと空が白んできました。

外は降ったり止んだりを繰り返しつつ
やはり「雨」は完全に止むことはありません

雨なのに、湿度が92%。

体が熱を持つ感じがして、
ジメジメしてすっきりしない感じが続きます。

その中で、

「次の目標は、10km先のローソンまで頑張ろう」
「十三湖が見えてきたら元気が出るよ」

と、皆で小さなゴールを
打ち立てて進みます。

■そして、2日目の朝8:00頃。

大レストポイント(休憩所)である

「鰊(にしん)御殿(97km)」

に到着しました。

ここは畳があって、
横になることできるエリアです。

ドロップバック(荷物を預けることができる)ため、

雨で濡れて、またたった半日で
汗臭く成り果てたTシャツを着替え、

またぐしょぐしょに濡れた
靴下も履き替えます。

筋膜ローラーで体をほぐして、
スマフォやランニングウォッチの充電をします。

そして、残った予定の時間で
約20分の仮眠をします。

その間に、遅れていた1人、
マッキーも合流して、5人が揃いました。

■「そろそろ行きますよ。」

仲間の一人が声をかけてくれて
そろそろと起き上がり、
ゆるゆると走り始めます。

少し横になると、
体が固まっています。

しかし、たった20分、
足を休めるだけでも
回復が全く違うのです。

ここで少し元気を取り戻し、
次の「龍飛崎(120km)」を目指して
歩みを進めよう!

と皆で励まし合いました。

■しかし走り始めてからしばらくすると、

これまで頼りにしていた
大船団を率いていた仲間であり、
リーダーでもある「提督」の様子が
おかしくなっていました。

声にも力がなくなっており、
表情も固くなっていました。

「しんどい・・・」

とつぶやき、
息が荒くなっています。

電柱ゲームの
声掛けをしてくれていた声も
弱くなっているように見えました。

結果的に、
提督は後から追いつく、
ということで、

残りのメンバーで
「道の駅こだいら」という
休憩できる場所につきました。

■トイレに行き、
戻るとメンバーの一人が

「、、、提督、ここで
リタイヤするそうです」

とのこと。

どうやら腎臓系がやられてしまったようで
尿の色がおかしくなっている様子。

そこからのダメージの回復は
この後は難しそうだろう、、、

ということで
悔しそうな表情で

「ヤス、すまん」

とここで提督とは
別れを告げることとなりました。

残念ですが、こういう瞬間に

「チームとして旅をしていても
結局は自分に責任がある」

ということを痛感させられたのでした。

■正直、

電柱ゲームをはじめ、
この大会の戦略を描き、

ここまで引っ張ってきてくれた
提督がいなくなるのは、
とても寂しいことでした。

そして、その分、
ぽっかりと空席が空いたような
感覚になりました。

5人のメンバーが100kmを経て、
4人になりました。

■、、、とはいえ、
ずっと立ち止まってもいられません。

263kmのレースでは
それぞれの場所と休憩地点で

・1kmあたり8:00のペースで走る
・10分/20分休む
・1時間寝る

とそれぞれの必要なスピードと
取得して良い休憩時間が
緻密に割り振られています。

その関門をクリアし続けることで
ゴールを確実なものにするという
計画が練られているからです。

■ゆえに休憩もそこそこに

次のチェックポイントであり
前半戦の山場でもある

「眺瞰台(114km)」

を目指します。

津軽半島を北上し、
山道にある展望台のような場所。

そこに至るためには
斜度が11%以上という激坂が
7kmほど続きます。

かつてない、えげつない坂です。

天候のため、霧がすごく、
前も後ろも見えません。

そして標高が高くなると
雲域も怪しくなってきます。

あんなに暑かったのに、
今度は猛烈に寒くなってきました。

濡れた体が、体が冷えてきます。

■「蒸すから、もういらんわ」

と、途中まで使っていたウインドブレーカーを
鰊御殿に置いてきてしまったのが仇になりました。

ここに来て
ノースリーブ1枚が
あまりにも寒すぎる・・・。

このまま2時間いたら、
体力を奪われ、おそらく走れなくなってしまう。

仲間が心配して
「何かカッパとかないかな・・・」と
震える私に対して救いの方法を探してくれますが、
自分のものは自分で用意するのが普通。

予備があるはずもありません。

ゆえに仕方なく、
尻周辺が擦れた時の対処として
携行していた「ボラギノール(軟膏)」を
ワセリン代わりに全身に塗ります。

なんとなく、
保温性が上がった気がしました。
(ベタベタしましたが・・・)

■ボラギノールを
全身に塗りたくりながら、

「さっさとおりよう。
凍えて死んでしまう!」

と皆に宣言し、眺瞰台を突破。

そして、
津軽半島の最北端である

「龍飛崎(たっぴさき)(122km)

へとようやく到着します。

■時間は2日目の昼14時。

開始から、約21時間経過。

ここで、約1時間の仮眠を
取ることにしました。

そして、去年完走した
仲間の一人、エンディが言います。

「これで、前半戦が終了ですね。
ようやく”中盤戦”に入りますね」

と”前半と後半”じゃなかったのかい!

と思いつつも、
まさに中盤戦がこれから
始まろうとしていました。

120kmも走れば体力はほぼゼロ。
枯渇状態です。

しかし経験者は皆、言います。

「ようやく、
ここからが始まりですよ」

その言葉の裏には、

”「本当の辛さ」はここから”

という意味が含まれていました。

絶望的なほどのキツさが
まるで暗示されているようでした。

(つづく)

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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<本日の名言>

もう、これしかない。一つの業です。
(漫画を描き続ける理由について)

手塚治虫
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