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3689号 2024年3月31日

今週の一冊『パワー・オブ・エイト ―最新科学でわかった「意識」が起こす奇跡』

(本日のお話 3715字/読了時間7分)

■こんにちは。紀藤です。

昨日土曜日は、妻がお友達と会うとのことで
3歳の息子と2人で交通公園へ遊びにいきました。

滑り台を自分が滑っているときに誰かが来ると、
完全なる敵意を剥き出しにして威嚇をするのを見て、
ヒヤヒヤしつつも、成長の軌跡に思いを馳せた1日でした。

その他7kmのランニング。



さて、本日のお話です。

毎週日曜日はおすすめの一冊をご紹介する、今週の一冊のコーナー。

今週の一冊は、

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『パワー・オブ・エイト――最新科学でわかった「意識」が起こす奇跡』
リン・マクタガート (著), 島津公美 (翻訳)、ダイヤモンド社

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です。

それではまいりましょう!

■このタイトルを見て「あやしい…」と思われた方。すみません。
怪しく感じられるかもしれません。しかし、それだけで片付けられない内容でもあるのが、今回ご紹介させていただく一冊です

少し前に、自分が尊敬している組織開発に関わる人と話をしているときに「パワー・オブ・エイトなるワークショップがあってね…」などと話を聞く機会がありました。

こういう横文字+パワーとかなると、スピ系の怪しさを感じることもあるかもですが、社会で地に足をつけて、大変に活躍されている尊敬する方であり、なんとなく気になっていました(そういうので見る見ないを決めるのもどうかと我ながら思いますが)

そして、家に帰って「パワー・オブ・エイト」で検索すると、ワークショップの情報はでてこないのですが、同タイトルのこんな本が出てきました。

『パワー・オブ・エイト――最新科学でわかった「意識」が起こす奇跡』

なんとなく共通点がありそうです。横文字+意識だとサンマーク出版のイメージがありますが、「ダイヤモンド社も、こういった本を出版するんだなあ」とふと気になりました。

読んでみると、なかなかに興味深い内容。ということで今日はこちらの本の感想について紹介したいと思います。

■意識=スピリチュアル?
余談ですが、昔スプーン曲げなどの超科学的なものが流行っていたとき(ユリ・ゲラーとか)がありました。

ある番組で「テレビの前の皆さん『曲がれ!』と意識を送って下さい」という場面がありました。結果スプーンは見事に曲がって「おおすげえ!」となるわけですが、「とはいえ、番組的なヤラセだよな」とも思っていました。

目に見えないモノは「本当にそうなの?」という疑いを晴らすことはできない宿命があるようです。それでも「これは意識の力なんです」と主張し続けると、風変わりなスピリチュアルな人、というレッテルを貼られることになるでしょう。まあ、そんなものです。

とはいいつつ、昔は皆で雨乞いを行ったり、祈祷師が病気のお祈りをしたり、巫女が豊作を願ったりしていました。それがいつからか「あやしい」となったのにも背景がありそうです。

■「科学の前提」とは

これは私の推測ですが、その理由の一つは現在の科学の前提が、事実的・現実的・確実なものに信頼を置く「実証主義」にあるではないかと思います。

「実証主義(positive)」とはラテン語の「設定された(positum)」に由来するそうです。つまり、「神によって”設定”され、人間には変更不可能な自然法則」が、現在の科学知識の性格をあらわすようになったようです。

実験と観察による経験的事実から、反証可能であることを「科学」と見なす自然科学の方法が前提となり、人文・社会科学の領域も統合して今にいたってきました。
それが現在の科学の前提となっています。(参考:野家(2001)「実証主義」の興亡 ー科学哲学の観点からー)

他にも「科学の知とは、普遍主義・論理主義・客観主義にある」という考え(中村, 1992)や、「科学の条件とは、因果関係・対照・検証である」と述べる考えもあります(京都大学HPより)。

上記のテレビ番組も「スプーンが曲がった」ことが怪しく感じられるのも、本当に意識が影響したのか?について、因果関係もわからなければ、検証もしていなければ、対照実験もしていないので「科学的ではない」と感じてしまうのかもしれません。

■「意識の力」を科学できるのか

とすると、とらえどころのない超感覚的な”意識”のようなものは、科学の対照とする(因果関係や対照や検証をする)のは、なかなか難しそうです。

研究者が実験室でやるものと違い、「意識の影響について、どのように”因果関係”を証明するのか?」「意識とは”検証可能”なのか?」「意識の実験で”対照群”を置いて、差異が現れるのか?」は、現実的なハードルがあるからです。

意識を検証する研究的な手法をどうするかもそうですし、お金や予算の問題、どうやって人を巻き込むのかという実行可能性の難易度の高さもありそうです。
というか、そもそもの前提が、現在の実証主義の科学と相性が悪い。

しかし、現在の科学における「実証主義」も、普遍的なものではなく、17世紀頃の科学革命の時代から用いられるようになった一つの思想主義です。
天動説が地動説に変わったように、今後変わる可能性もあります。とはいえ、現在の科学の前提、ルールに従わなければ、説得力を持って、多くの人に伝えることは難しいというのもまた事実。

そんな中、この書籍のポイントは「意識の力を科学する」ことを、現在の科学のルールに従い、統計的に検証をした、と主張しているところです。

著者は「はじめに」でこのように述べています。(以下引用です)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
物事を調べ上げるには、常に確固たる証拠をもとに大規模な体系を作り上げてきたジャーナリストとして、頑固なレポーターだった私だが、今は自分の心にある思いのほうが上回っている。
私は、神秘主義、オーラ、ピラミッドパワーなどという不可解な言葉を連ねたりも、「エネルギー」や「量子」という言葉をいい加減に使ったりもしていない。そんなことをすれば、私が嫌っている何より根拠のない超自然現象といったものを、ほかならぬ自分がやっていることになってしまう。

だからといって、私は無神論者でも、むやみに異論をしかけ続けるような人間でもない。私の心の奥底には、人間とは単なる化学物質と電気信号の集合体ではない、というスピリチュアルな見方が根深くある。
その一方で、物質と非物質を区別する「マジノライン」を引く根拠としては、統計上のベルカーブや二重盲検試験を頼りにしている。

『パワー・オブ・エイト――最新科学でわかった「意識」が起こす奇跡』リン・マクタガート
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

とのこと。

科学的な立場も大事にしながら、それだけでは説明できないこともあるのでは?そして、「意識を送ることが、物理的現象にまで影響を与えるのか?」について、
実験の信頼性を高めるために、研究者を巻き込み、どのような検証プロセスで何を行い、どのような結果になったのかを記述しています。

そして本書の主張を一言で言えば、「思考には物質を実際に変化させるほどの力がある」と結論づけています。

■数万人規模で行った意識の実験とは

さて、ではどのような実験を行ったのでしょうか?

簡単にいえば「人が集まって、特定の対象に意識を送る」という実験です。そして、そのプロセスを略式化したのが8人が集まって意識をおくること(なのでパワー・オブ・エイト)だそう。

実験対象は、はじめのうちは「植物」(人間を使うと大学の検閲を受けることになるため。複雑な有機体である人間よりもシンプルである)を使い、
「意識を送ること」が、バイオフォトン(生物の細胞が発するとされる微弱な光)にどのような影響を与えるのか、を検証しました。
その発芽率を、対照群(意識を送る群と送らない群)で検証した結果、有意な差が見られた、バイオフォトンの量に変化が見られた、などの結果が出たとのこと。
また、「強直性脊椎炎」である退役アメリカ軍人に対して癒やしの意識を送り治療効果があるかを確認しその有用性を確かめたり、
自殺を図った若者への癒やしの効果などを測定したりした内容が紹介されています。

あるいは大規模なものだと世界中の1万1000人規模の人をオンラインで集めて「特定地域の戦争をなくす」という実験を行いました。
SNSにおいて、大多数が集まってもサーバーがダウンしない『イング』を利用して人を募集し、特定地域の平和を、同じ10分間に、特定の方法で皆が集中して、意識を送る実験を行いました。
そして、その地域では、死傷者数の推移を25年間計測しており、その実験が死傷者数にどのような影響を与えたのかを見てみよう、という実験をしています。

本書では、「変数が多すぎるため、その実験が影響を与えたかどうかは証明をすることはできない。しかし、その意識を送ったタイミングが、戦局におけるターニングポイントと一致していることは示されているようだ」と述べていました。

また、その他「意識を送る実験」において、「リバウンド効果(跳ね返り効果)」、つまり意識を送っている人にポジティブな精神的な変化があった、意識を送る際に変化を明確にイメージしたしたほうが効果がある、などの著者の発見が記述されているのも興味深いところでした。

■まとめと個人的感想

さて、本書が「科学的に正しいか正しくないか」については、私も正直わかりません。

そもそも本研究で紹介された物理現象とされる「バイオフォトン」自体が新しい分野であり、科学的根拠が不足しているという話もあるようです。また、元データを参照したわけではないため、信じるかどうかは別の話です。

そんな中でも、思った感想は、大きく2つあります。

1つ目が「科学できないものの可能性を考えた」ことです。
見えないけれども存在しているものは確かにあります。それを言ったら人文・社会科学などはまさにそうです。それは人の心を扱うからです。

そうした心理学やそこから応用された組織行動と、超感覚的な「意識」を一緒にするものでもないと思いますが、一方地続きになっている気もします。

目に見えない・科学で証明しきれないものへの理解は(これから人類が続くならば)ますます発見されていくこだろう、と思います。

(余談ですが、個人的に田坂広志氏の『死は存在しない ―最先端量子科学が示す新たな仮説』などはその内容に惹きつけられてしまう人ですので、個人的には本書の内容も「信じる派」です)

そして2つ目が、「実験に関わった参加者の内的な変化」です。

戦争への影響や対象者に対する、定量的な統計データは確かめようがないとしても、この実験に関わった人々の定性データ(感想)は、事実です。

本書において「意識を送ることで本人が癒された」と本書で何度も登場してきて、「多くの人がそう述べている」と書かれています。”多くの人”が何割を表すのかはわかりません。
ここは具体的にN=100のうち、何割がそう感じたかはぜひ統計データを知りたいところ。 しかし、もし「癒やしや平和の意識を、他者に送ることが、
本人自身の幸福感を高めた」という変化が、参加者全体において有意に変化があったならば、人文・社会科学系の研究として、価値があるのではとも感じたのでした。

改めて、こういう本やっぱり自分好きだなあ、と思ったのが結論です(笑)。いずれにせよ、自分以外の誰かの幸せを常に願っていられる人でいたいと、未熟ながら思った次第。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

※本日のメルマガは「note」にも、図表付きでより詳しく掲載しています。
よろしければぜひご覧ください。

<noteの記事はこちら>

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