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4064号 2025年4月11日

「良いことは悪いことに勝てない」という中で、私達がやるべきこと

(本日のお話 3536字/読了時間4分)

■こんにちは。紀藤です。

昨日は2件のアポイント。
また夜は10kmのランニングでした。



さて、本日のお話です。

日々、企業研修を行っていると、こんな場面があります。

研修後にいただく評価フィードバック。 参加者の大半が研修のある指標で「5点満点」で評価をつけてくれていた。 しかし、ある1人が「2点」を付けている…。

すると、その瞬間、そこが虫めがねで拡大したように見えてくる。 全体の研修の平均スコアとしては十分にOK。 でもやっぱり一部の「悪い評価」が気になる・・・。

「何か自分にできなかったことがあったのではないか」 「関わり方が浅かったのかもしれない」 「もっと配慮が必要だったのでは…」

低評価はその人の見方のクセみたいなものかもしれない。 それでもやっぱり気になる…みたいな話。

▽▽▽▽

さて、どうやら、これは私だけじゃないようす。 多くの人が、「悪いことのほうが、良いことより強く感じられてしまう傾向」があるようです。

そして、この“感覚”を科学的に検証したのが、今日ご紹介する、以下の論文です。結論からすると「めちゃくちゃ面白かったけど、なんだか切なくなった」という論文です。

同時に、だからこそ「この(がっかりする)事実を受け止めて、変えられることを変えていくことが重要である」と改めて思ったのでした。

ということで、早速見てまいりましょう!

■今回の論文
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タイトル:『Bad Is Stronger Than Good』(悪は善よりも強い)
ジャーナル名と出版年:Review of General Psychology, 2001年
著者:Roy F. Baumeister(第一著者)、Kathleen D. Vohs(最終著者)
所属:Department of Psychology, Case Western Reserve University
―――――――――――――――――――――

■どんな論文か?:悪と善、どちらが強く人に影響するか

この論文では、「人間関係」「感情」「学習」「発達」「社会的支援」など、心理学の広範な領域を横断し、良いことと悪いことのどちらが人により強い影響を与えるのか、という点を徹底的にレビューしています。

研究者たちは、最初こそ「できれば、良いことのほうが影響が強い例外を見つけたい」と願っていたようですが、実際に調べてみたところ、「どう見ても悪いことの方が良いことより影響が強い」という、シンプルかつ厳しい事実に突き当たったのだそうです。

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我々のレビューでは、悪いことが良いことよりも強いという、がっかりするほど相対的でないパターンを発見した。私たちは、この研究者たちを刺激して、良い出来事が悪い出来事を上回るような球場や状況、つまり「例外」を探し、特定するきっかけになることを願っている。

しかし、悪いことが良いことを上回るパターンが数多くあることを考えると、逆転現象は単なる例外にとどまる可能性が高い。例外がないということは、悪の力がいかに基本的で強力であるかを示唆している。(中略)

数の力によって善が最終的に勝利することもある。たとえ悪い出来事の方が、それに匹敵する良い出来事よりも強い影響を与えるとしても、悪い出来事よりも良い出来事の方がはるかに多いことで、多くの人生は幸福になり得るのだ。
―――――――――――――――――――――

なるほど、「がっかりするほど(悪いことと良いことが)相対的でない」こと、そして「悪の力がいかに基本的で、強力であるか」ということがわかってしまったわけですね。

■100件以上の研究をもとに導き出された3つの結論

この論文では、10のカテゴリに分けられた中に、それぞれ10程度の研究が紹介されています。ちなみに、引用している文献数は230件にのぼり、非常に網羅的な内容でしたので、おそらく参照している論文は200件程度にはなるのではないか、と思います。

その中から導かれた結論は、大きく以下の3点です。

1.悪いことは、良いことよりも強い影響を持つ(例外は少数)
・良いことと悪いことが同時に起こっても、多くの場面で悪い方が強く記憶に残る
・幸福感は短く、苦痛は長く続く
・悪い記憶の方が語られやすい

2.その理由は「人間の適応戦略」にある
・危険や失敗への迅速な対応は、生存戦略上、きわめて重要
・よって、悪いことは忘れず記憶に残りやすくなっている
・良いことを増やすよりも、悪いことを避ける方が、人類にとって生き残りやすい道だった

3.唯一の対抗策は、「良いことの数を増やす」こと
・「悪いこと:良いこと=1:5」の比率で、ようやくバランスが取れる
・つまり、悪いこと1つに対して、良いことが5つ必要という厳しい現実

■各分野に見る「悪の強さ」の証拠たち

ここからは、実際に論文で紹介されているいくつかの研究をご紹介します。

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<イベントへの反応>
・宝くじ当選者と事故の麻痺患者を比較した研究では、宝くじの幸福感はすぐに薄れるが、事故の悪影響は長く残る(Brickmanら, 1978)
・$50の損失の苦痛は、$50の獲得の喜びよりも大きい(Kahneman & Tversky, 1984)
・日々の悪い出来事の方が、良い出来事よりも強くメンタルに影響(Nezlek & Gable, 1999)

<人間関係において>
・健康な関係維持には「良い出来事5:悪い出来事1」の比率が必要(Gottman, 1994)
・結婚初期の否定的なやりとりが、10年後の離婚を予測(Hustonら, 2001)

<感情と言葉>
・感情を表す語彙のうち、62%が否定的な感情(Averill, 1980)
・人はポジティブ感情を過小評価し、ネガティブ感情を過大評価する傾向(Thomas & Diener, 1990)
・ネガティブな記憶はポジティブな記憶よりも4倍多く報告される(Finkenauer & Rime, 1998)

<学習と神経の反応>
・罰の方が報酬よりも学習効果が高い(Spence & Segner, 1967)
・脳は負の情報に対してP300の反応が強く現れる(Itoら, 1998)
・恐怖記憶は脳内で長期的に保存されやすい(LeDouxら, 1989)

<子どもの発達>
・環境要因が強く作用するのは「悪い環境」のとき。良い環境は必ずしも発達を促すとは限らない(Roweら, 1999)
・平均的な家庭では、良い親よりも悪い親の方が子どもへの影響は大きい(Scarr, 1992)
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ええい、これでもか、これでもか!と言わんばかりの「悪の強さ」を示す根拠が示されていて、途中で読むのが辛くなってきました…(汗)

■まとめと感想

人間は「悪いこと」に敏感になるよう、進化の中で設計されてきたようです。それは私たちの心が弱いからではなく、むしろ生き抜くための本能ともいえそうです。

そして、たしかに短期的なパフォーマンス等では、報酬(良いこと)より罰(悪いこと)のほうが効果的かもしれませんが、少なくとも「遺伝子を残す」という成果ではなく、「幸福を感じる」という成果に視点を変えた時に大事なのは、とはいっても「良いこと」であるように、私は思えてなりません。

とはいえ、その性質ゆえに、たったひとつの否定的なフィードバックに引っ張られ、自信をなくしたり、過剰に自分を責めてしまうこともあるのでしょう。だからこそ、「こういう性質があるのだ(悪いことが際立って見える性質がある)」と改めて知ることが大事なのだと思います。

悪とのバランスをとる萌芽として生まれたのがセリグマン博士らによる「ポジティブ心理学」であり、そこから「弱みだけでなく、強みを見よう」という視点も広がってきたように思います。

悪いことは本能で、良いことは知性で見る。
“悪の強さ”を理解したうえで、意識的に“良いこと”の数を増やしていく。

改めて、そんなことを大事にしたいな、と思った次第です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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