今週の一冊『生殖記』
(本日のお話 1856字/読了時間2分)
■こんにちは。紀藤です。
昨日より、妻の実家の茨城に来ております。
また10kmのランニングでした。
いよいよランニングシーズン。
がっつり走力上げていきたいと思います。
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さて、本日のお話です。
毎週日曜日は、最近読んだ本の中から心を揺さぶられた1冊をご紹介する「今週の一冊」のコーナーです。今回ご紹介の本はこちら。
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『生殖記』
朝井リョウ(著)
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ネタバレになると作品の面白さが半減してしまうため、曖昧なご紹介になってしまいますが、ネタバレをしない範囲内で、本書の概要と印象に残ったお話をお伝えさせていただきたいと思います。
それでは、どうぞ!
■朝井リョウさんの「幅広さ」に唸る本
先日、同じ著者である朝井リョウさんの『正欲』についてご紹介させていただきました。
あの作品では、私たちが「当たり前の欲求」だと思い込んでいるものと、そこから全く外れた欲求を持つ人々の存在を知らず、性的マイノリティをはじめ、自分たちの「枠」に押し込めようとする無意識の暴力のようなものが、人の根源的な欲求を照らし合わせながら、ドラマチックに描かれる衝撃的な群像小説でした。(詳細はこちら↓)
今回の『生殖記』という小説も、大きなテーマでは「性的マイノリティ」が軸になっています。
しかしながら、その描き方が『正欲』とは大きく違うのが特徴的でした。『正欲』では、どちらかと言うとシリアスに、真正面からその問題に切り込んでいるような印象があったのに対して、今回の著作ではユーモラスで、ちょっと皮肉めいていて、まるである人物の内面を「モニター越しに見ている」ような、そんな不思議な感覚がする小説でした。
そして、それを可能にしている小説の仕掛けが、この「生殖記」というタイトルに隠れています。(そこが、本書の一番面白いところなので、ぜひ読んでみてください⋯!)
「正欲」といい、「うまいこと言うなあ」と感心してしまう。このユーモアセンスと、深い洞察を両立させているのが、朝井リョウさんのすごさの一つなのだなあ、と感じ入ってしまいました。
■個人的に印象に残った、二つの視点
本書について内容を詳細に語ることができないのが、非常にもどかしいところではあります。とはいえ、これから読む人のために、詳細は控えさせていただきたいと思います。
ただ、この本が私にもたらしてくれた「視点の転換」について、二つお話ししてみたいと思います。(ちょっとだけ本の内容に触れます)
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⑴「成長・拡大・発展」が前提の社会への違和感
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個人的に印象に残った話は、異性愛者であり、この資本主義社会が求めている「成長・拡大・発展」という潮流に、誰もが「当たり前のように乗ることができているというその前提」で話が進められる暴力のような空気が、性的マイノリティの視点から描かれているところです。
そもそも、「生殖」ということに関して言えば、そこに関与することができない、ということは構造的に難しい立場になる、というようなお話もありました。
成長・拡大・発展が至上命題で、少子化対策も含めた「生産性」という旗印もとで、そこに関わらない人(生殖できない人、なにかを生み出すことが難しい人など)は、受け入れられているように見せて、社会的に端に追いやられてしまう構造を、皮肉を交えて語ります。
あるいは、こうした性的マイノリティを持つ人が、真にフラットに捉えられるには、「生殖という特権」が万人のものになること。たとえば、そのためには「人工的な生殖が当たり前の世界になってくる」という技術的な発展も一つの到達の仕方になる、なんて話も出ていました。
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⑵「本当にやりたいこと」とは贅沢な悩みかもしれない
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また本書の中で主人公(に関連する◯◯)が「本当にやりたいことは何か」というような話は、ある意味「贅沢な悩み」だよね、という視点も語られます。
そして社会的に、「当たり前のものを手に入れられない」と感じている人(成長・拡大・発展に寄与するというレール)からすれば、「本当にやりたいことは何か」と考えるのすら贅沢な悩みの一つだ、と言うような表現もあったのが印象的でもありました。
生まれてから今まで「普通に、当たり前に得られると思うことも封じ込めてきた」というような心境のもとでは、「好きな人が⋯」とか「やりたいことが⋯」とか「将来のキャリアは⋯」と考えられることすら贅沢品に感じる。
「皆が無邪気に悩み事を語っている内容が贅沢すぎる」という視点が持ち込まれていることは、静かな共感や癒やしに繋がっているような気もしています。
■まとめ
何とも歯切れ悪い感想で恐縮になりますが、改めてこうした小説を読むと、「自分が見ている世界は、ある一部の視点からなんだな」ということを、考えさせられます。小説の魅力は、こうした視点を疑似体験出来ることだなとも思う次第です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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