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4425号 2026年4月7日

「心」は一生を通じてどう発達するのか ー読書レビュー『中年からのアイデンティティ心理学』#2

(本日のお話 2333字/読了時間3分)

■こんにちは。紀藤です。

昨日の引き続き、『中年からのアイデンティティ心理学』を読み解いてまいります。

本日は「第2章 心の発達をライフサイクルを通してみる」です。

人が生まれ落ち、成長して、死んでいく様は、宗教の中でも語られてきました。
同時に、心理学研究の中でも、人の心が年齢とともに、どのような変化を遂げるのかが探求されています。
本章は、そうした「心の発達とライフサイクル」について解き明かしています。

読みながら「うわー、めっちゃわかる⋯」と共感しつつも、自分の今とこれからを考える、個人的に情感たっぷりなお話でした。

ということで、早速みてまいりましょう!

■人間の一生は「四季」のように

孔子の『論語』で、有名な言葉があります。

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吾十有五にして学を志す
三十にして立つ
四十にして惑わず
五十にして天命を知る
六十にして耳順う(したがう)
七十にして心の欲する所に従いて矩(のり)をこえず
(貝塚茂樹(訳注)1973)
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私は四十にして惑いまくっていますが(苦笑)、こうした「人生の流れ」のようなものは、他の宗教でも言及されています。
たとえば、ユダヤ教の教えタルムードの『人間の年表』、インドのヒンドゥの教え『四住期』、グリム童話の「じゅみょう」などでもそう。

ライフサイクルの中で、人はまるで四季のように、成長し、花を咲かせ実を成らし、次の種を残して、朽ちていく。
そうした大きな流れの中に、人間の一生は例えられています。

■心理学における「心の一生」の研究

こうした宗教や童話などだけでなく、学問の世界でも「心の一生」は研究されてきました。

古くは、1905年、フロイトから始まります。
「心理ー性的発達論」では、幼児期のパーソナリティ形成が、成人期に大きな影響を及ぼすことを述べました。
古典的な精神分析の発達論は、「乳幼児期から思春期までの発達が、とりわけ重要である」と考えられ、今もその考えは引き継がれています(いわゆる「三つ子の魂百まで」というものですね)

1933年、フロイトのかつての弟子でもあったユングは「人生の段階」で、人生の一生を太陽の変化に例えました。
彼は40歳前後を「人生の正午」と呼び、太陽が人間の頭上を通過するときは、”それまで”と”それから”が見え方が変わると述べました。(めっちゃわかる⋯!)

1950年代になると、エリクソンが「アイデンティティ理論」を提唱します。
彼は「人間の8つの発達段階」という生涯の発達論を紹介し、有名になりました。

人が生まれてゆっくりと成長していく(エピジェネティクと言います)中で、8つのステージで、それぞれ「発達の危機」が訪れるといいます。
例えば、思春期・青年期であれば「アイデンティティ対アイデンティティ拡散」というように。

■人生の移行期は「40~45歳」と「60~65歳」

1970年代以降も、アメリカを中心にした発達心理学者が、成人を対象にした縦断研究などを行い、成人発達の様子や中年期の課題を明らかにしていきました。
(本書では、これらの心理学者の理論を、表にしてわかりやすくまとめています)

その中で、1978年にレビンソンは、40人の中年男性の個人史を分析し、「成人期の発達段階説」を提唱しました。

それによると、成人期では「40~45歳」と「60~65歳」に移行期と呼ばれる大きな転換期が存在する、としました。

その問いの中心は、「若さと老い」「破壊と創造」「男らしさと女らしさ」「愛着と分離」などの基本的な対立を、自分らしく解決していくこと、つまり自分の内部に統合していくことが中年期の課題としています。

レビンソンによると「成人になっても、自己のあらゆる面を生かした生活を送ることは不可能である。

よって、どの面を重要視し、優先させるかによって、成人期の各時期の生活構造が決まる」と述べています。

私なりの解釈ですが、私たちは時間とエネルギーのリソースが限られているので、「仕事か、研究か、家庭か、趣味か」のような様々な領域において、どこにどれくらいリソースを配分するか、によって生活の形は変わってきます。ここに正解はなく、「自分がどうしたいか」であり、「そのためにどのように戦略的にアクションするか(仕事の選択、働き方を含めて)」ということかと思います。

■まとめ:学生の「欲」に触れて思ったこと

このライフサイクルの話、レビンソンの移行期の話などを読みながら、その夜、4月から始まる高校のリーダーシップの授業を一緒に作ってくれる大学生の2人とキックオフを含めて食事をしました。

その際に、1人の好青年が「4000万円の車、乗ってみたい」「イケオジなりたい」と目をキラキラさせながら語っていました。

それを聞いて「欲求があるって素晴らしいなあ」と思いつつ、なんとなく遠い目をしている自分に気づいたのでした。

その中で沸き起こったことは、同時に「欲」の話を聞きながら、「”自分の範囲内”で「欲」を収めるようになってはいまいか」という感情でもありました。
確かに、20年前に比べたら、欲しいものは大体手に入るようになりました。

ただ、あまりに高額なものはそもそも欲しないのは、「状況に合わせた諦め」なのか、それとも「成熟による受容」なのか。
本当はもっと欲したいものがあるのではないか……?
若者の素直な欲求に触れ、そんな問いを突きつけられたような気がしました。

価値あるものを何と捉え、残りの人生のリソースをどこに投下するのか。

まさに今、私は自分の中でこれらを「統合」しようとする、人生の交差点に立っているのだと感じた次第です。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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