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1472号 2018年2月24日

小倉のBARにて”あごの骨”を折られた話から学ぶ、
「”痛すぎる経験”は、熟成されて、魅力となる」という話

(本日のお話 1653文字/読了時間1分半)
■おはようございます。紀藤です。

昨日は、北九州へ出張。

また空港内にて、電話でのミーティングなど。

北九州にて、美味しいラーメンを食べる予定が、
全然食べられなかったのが残念でした。



さて、早速ですが本日のお話です。

昨日、北九州の小倉駅にいったときに、
大学の頃の事を思い出しました。

と、いうのも、
私事ではありますが、私(紀藤)は、
北九州市立大学というところだったので、
小倉駅は懐かしの場所でした。

恐らく卒業以来10数年ぶりに降り立ち、
歩いてみたら、本当に別の町のように感じました。

時が移ろいゆくのは早いものだな、と。


そんな想い出に浸りながら、
思ったことが、大学時代の「ほろ苦い経験」でした。

今日は個人的な話になりますが、
そのお話を振り返りつつ、思うところを、
皆様にご共有させて頂きたいと思います。


タイトルは、


【小倉のBARにて”あごの骨”を折られた話から学ぶ、
 「”痛すぎる経験”は、熟成されて、魅力となる」という話】。


それでは、どうぞ。

(ちょっと、痛々しい話がありますが、
 ご了承の上、読み進め下さい)

■私(紀藤)の大学時代の「ほろ苦い経験」。


昨日の商談の帰り道、小倉駅により、

私(紀藤)の大学時代の思い出である、
当時勤めていた”アルバイト先”のバーを思い出し、
「まだあるかな」と思っていってみたところ、
既になくなっていたのでした。

当時、そこで得た経験は、強烈なものでした。



大学2年。仕事もわからない21歳の時の話です。

そんな中、バイト求人紙「AN」で
バイト先を探していました。

そこで見つけたのが、
「バーテンダー」でした。


当時(今もですが)、”モテない男”である私が、
起死回生の一手として選んだバイト。


10席位のこじんまりしたバーで、
大きな樹で作られたカウンターがある、
クラシックな雰囲気の漂う、元祖BARといったところでした。

面接をし、偶然にも、
バーテンダーとして採用してもらえ、
そして仕事をはじめました。

日々、髪をオールバックにして、
ベストをきて、見習いとして始めたのでした。




しかし、あるとき、
異変に気づきます。


それは、
バーのマスターが、やたらと私を

”殴ったり、蹴ったり(!)する”、

ということ。


ミスをすると、バーカウンターの下で、
お客さんに見えないように、
”スネ”をつま先で蹴ってくるのです、

(結構ガチンコで、です汗)


バーのマスターは身体がでかく、
私は、アルバイトをしつつ、
行くことに恐怖を覚え始めました。


■そんなあくる日、事件が起こります。

私がカクテルを出し間違え、
また蹴られることを怖れ、
ミスを黙っていました。

しかし、やはり罪悪感に耐えられず、

「すみません、今日実は、カクテル出し間違えました」

とマスターに言うと、
マスターは激昂しました。

そして、

「貴様、俺の店を潰す気か!!」

と叫びながら、
閉店後の暗いバーの中で、
文字通りボコボコに殴られに殴られたのでした。


当時、
ケンカもしたことがない私。
そのバイオレンスな状況に恐れおののき、
殴られつつ、ただただ、子鹿のように
ブルブルと震えるのみでした。


■結果、歯が2本折れ、
なんと、アゴの骨も折れて(!)しまいました。

アゴが折れるとご飯が食べられないのです。
(本当に痛すぎて、、、)


ですので、大学病院にて、
全身麻酔にて

”アゴにプレートを埋め込む手術”

をすることになったのでした。


全治1年の大きな手術。

当時、心も鬱々としており、
余り記憶がないのですが


”暴力に屈しながら、
 ぶつけ様のない無力感”


に苛まれ、そして床に伏せていたのでした。
(何だか、暗ーい話になってしまいましたね)


■が、そんなことがあっても、
人生は色々あるもの。

その直後、転機が訪れます。

当時のクラスメイトで仲良しだった野村くんが、
ボクシング部の主将をやっており、
部員不足に悩んでいたのでした。

そこで、暴力に屈し、
何もできなかった自分を見ていて、
入院の手続きも手伝ってくれた彼。

私が自分に憤りを感じていたときに、


「ヤス(私のこと)、よかったらボクシングやってみる?」


と、誘ってくれたのでした。

そして、そこで練習をして、
肉体的にも、精神的にも追いこんで、
ボクシングの試合にも出たりして、
少しずつ、それなりに強くなった実感がついてきました。


だから、振り返ると、

「アゴが折れる前」よりも、
「アゴが折れた後」の方が、

間違いなく、強くなれたし、
その経験は、間違いなく今の小さな自信にもつながっている、

と今でもなお、感じるのです。


■そんなことを、昨日、
北九州 小倉駅に降り立ち、
思い出していたのでした。


「痛すぎる経験」、

その当時はイヤだったけれども、
それがあるからこそ、今の自分がある。
数え切れない「ネタ」にもなりました。
(今回のように)

だから、それは見方によっては
「ギフト(?)」であり、それをくれた(と言うと変ですが)
マスターのバーに、10数年ぶりに会ってみるのもよいかな、

などと思い寄ってみた
そして、結果、なくなっていた、

というのが、昨日の夜でした。


■かなり私の話をしてしまいましたが、
これらの話から思うことがあります。


それは、



【”痛すぎる経験”は、熟成されて、「魅力」となる】



ということ。


”痛い経験”をすると
気分も状況も沈み尽くしていくかもしれません。

でも、あきらめなければ、
沈みに沈んでいくと、やがて海底に
「コツッ」と当たるもの。

ふとあるとき、誰かが声を掛けてくれたり、
自信を取り戻すチャンスに出会えたりする。


「人生山あり谷あり」なんて言いますが、
まさしくそうだと、私は思っています。


■でも、「痛み」や「辛さ」を
たくさん経験してきた人は、だからこそ、
よく言われるよう、

人の辛さ、痛みがわかるし
優しくなれるし、人として厚み(=魅力)も
増すように思います。


だから、望んでしよう、
とまでは言いませんが、
それでも、


【”痛すぎる経験”は、

 熟成される(=時間が立つ)と

 魅力(=人としての魅力)になる】


という捉え方をすることも、よいのだろな、


そんなことを思ったのでした。


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<今日の未来習慣>

自分を形作ってくれた
「痛い経験」を思い出してみる。

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本日も皆様にとって素晴らしい1日になりますように。

【本日の名言】 どんな不幸のなかにも幸福がひそんでいる。
どこに良いことがあり、どこに悪いことがあるのか、
我々が知らないだけである。

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