バックナンバー1025号 2016年12月4日

”利益率でものを考える世界”は、どこへ向かうのか?

(本日のお話/2542文字 読了時間3分)
■こんにちは。紀藤です。

昨日、土曜日より本日にかけて
人事・経営者層の方に限定した
「7つの習慣 特別公開コース2日間」を開催中。

土日にも関わらず、
20名もの方々が朝から夕方まで、
学びの時間、研修の検討の機会として、
お越しいただいております。

土日関係なく、必要だと思うことに
惜しまなく時間を注がれている参加者の方を見ていると、
本当にエネルギッシュだなと感じさせられる次第。

兎にも角にも、
参加頂いております皆さま、ありがとうございます!



さて、本日のお話です。

今日は少し真面目な本から
真面目なお話の紹介です。

(ちょっと長いので、ご興味がある方のみ、
 お読み進めください)



ちなみに、皆さま、
”エマニュエル・トッド”という方を、
ご存知でしょうか?

一部の間では非常に有名な方ですが、
彼は、これまでの世界の歴史的な事件、
例えば、

・米国の金融危機(リーマンショック)
・アラブの春
・英国EU離脱

などをことごとく予言してきた、
フランスの歴史家、文化人類学者です。

そんな彼が

「世界はこれからどこへ向かうのか?」

ということで朝日新聞による
インタビューに答えてきました。

それを、

『グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命』
(語:エマニュエル・トッド/聞き手:朝日新聞)

という書籍にまとめています。



本日は、この本の中で、
このエマニュエル氏が、

”近代社会が抱えている問題と、その原因”

について語っており、
その内容が、興味深いお話でしたので、
皆さまにご共有させていただきたいと思います。

それでは、どうぞ。

■今、世の中のニュースを見ていると、

「なんかおかしいんじゃないか?」

と思う現象が
多く起こっているように思います。


少し前に騒がれたトランプ氏当選の話も、そう。

米国の激しい貧富の格差問題に対する、
国民の怒りが、

「この腐った状態をぶっ壊してくれ!」

というようなエネルギーに変わり、
一般的には「予想外の当選」とされる結果に至った、

そんな評価をする
新聞、雑誌、ジャーナリストが
相次いたようです。


■エマニュエル氏は、
そんな世の中を取り巻く問題について
ある質問を受け、そして回答しました。


それは、このような内容でした。

(ちょっと小難しい、
 と感じられる方もいるかもしれませんが、
 興味深い問答でございました。)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


Q、(朝日新聞より質問):

  近代化されたほとんどの国に問題があります。
  多くの国が、信頼や連帯などの危機に苦しんでいます。
  共通点はどこにあると思いますか?



A、(エマニュエル氏の回答)

  まず思い浮かぶのは、
  ”信仰システムの崩壊”です。

  それは宗教的信仰、イデオロギー上の信念、
  あるいは未来に対する歴史的な夢かもしれません。

  とにかく人の行動を導くようなものです。
  これら、集団が共有する展望が欠落しているのです。

  (中略)


  (代わりに信仰するものとして)
  人々は今、”利益率でものを考える世界”にいるようになりました。

  それに反対しているわけではありません。

  しかし、それ自体が反共同対的な信仰です。
  そこにいるのは「経済的人間」だけ。

  経済は手段の合理性をもたらします。
  しかし、目的の合理性ではない。

  経済は、”何が良い生き方か”を定義しません。

  だから限界があるのです。

  私達が暮らしているのはそんな世界です。


一部引用:
『グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命』
(語:エマニュエル・トッド/聞き手:朝日新聞)より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


■何回か目を通さないと、
または前後の文脈がわからないと、

「なんのこっちゃ??」

という話かもしれません。


上記の問答だけでも、
色んなメッセージが含まれていそうです。


その中で、私が
「なるほどなあ!」と思ったのが、


『私たちは、”利益率でものを考える世界”を信仰の対象としている』


という、彼の投げかけでした。


・今の世の中、全てを利益率で考えてはいまいか?

・今の世の中、「経済的合理的」のみ最優先で考えてはいまいか?

・経済的人間、経済的分野での成功者だけが
 もてはやされ、力を持っていまいか?


そんな「経済バンザイ的信仰」を、
近代化された社会が持っているのではないか?

しかし「経済=良い生き方」とは限らない、

だから、実現できることにも限界がある、


そんなコメントが、
豊かだけど何か満たされない近代社会に漂う”違和感”を
言い表す言葉として

「確かにそうかもな」

と納得するものである、
と感じたのでした。


■ちなみに、だからといって
「経済をぶっ壊せ」
みたいな話ではありません。

”そういった世界(経済的合理性の世界)に、
 反対をしているわけではない”

そう、エマニュエル氏自身も、
上記のQ&Aで答えています。

しかしながら、確かに
「経済」は物凄く大事だけど、
あくまでも、

”「経済的合理性」というのは、
 一つの考え方にしかすぎない”

ということは、
頭の片隅においておく必要があるのではないか、

そのようにも思うのです。



■少し話が脱線しますが、

日本の歴史において、
日本の文化を作ってきたと言われる、
”士族(武士階級)の教育”では、

「算数がなかった」

そうです。

昔は、

「清く、貧しくあれ」
「贅沢はするな」
「損得勘定で動くな」

という”あり方”が、
何よりも大切、とされていました。

だから、武士道において、
利益を考える算数は除外されていた、

そんな話があるのです。



もちろん時代が違うことは大前提。

でも、長い長い人類史において、
ほんの一瞬であるわずか100年前においては、


『儲けや豊かさ < 自らのあり方・生き方』


がもっともっと価値を持っていた時代が
確かにあったようなのです。


■お金は大事だし、経済も大事。

でも、それが全ての答えでは、ない。


「忙しくて、常に疲れている」

「豊かになる一方、
 どんどん人間的な生活を送れなくなっている」

「競争だらけの世の中、
 どこか間違っているのではないだろうか?」


そんな議論が、そこかしこで
起こっているということは、
まだまだ目指すべき理想の社会の形はあるのでしょう。


それを作るのは、
国の偉い人、賢い人達、
と思う方もいるかもしれませんが、

やっぱりそのような問題意識が、
多くの人の中に生まれてこそ、
大きな動きも生まれるように思うのです。


タイトルの、

”利益率でものを考える世界”は、どこへ向かうのか?

については、私もわかりませんが、
まずは問題意識を持つことが大事なのではないか、

そう思いつつ、今日はこんなお話を
皆さまに、投げかけさせていただいた次第です。


長文、最後までお目通しいただき、
誠にありがとうございました。

【本日の名言】 常識とは、18歳までに身につけた
偏見のコレクションのことを言う。

アルベルト・アインシュタイン”

365日日刊。あなたの1日を5%元気にするメールマガジンお届け中。

  • ビジネス的ライフハック
  • 習慣化のサポート
  • 読者限定イベント

メールマガジンを登録する

あなたの1日を5%元気にする
情報を毎日お届けします。 メールマガジンを登録する