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1999号 2019年8月11日

「非言語中枢の活性化」で新たな自分を見つける

(本日のお話 2136字/読了時間4分)

■おはようございます。紀藤です。

昨日は、システムコーチングの2日目でした。

そして夜はシステムコーチングの宿題で、
コーチ仲間にご協力を頂きWEBコーチングの実施でした。
(Yさん、Aさん、Jさん、ありがとうございました!)



さて、早速ですが本日のお話です。

今回のシステムコーチングのコースでも、
また新しいことを学んでおりますが、
今日も昨日に引き続き、”システムコーチングの学び”を
皆様にも共有させていただきたいと思います。


タイトルは、


【言語中枢を閉じることによる、「非言語中枢の活性化」で新たな自分を見つける】


それでは、どうぞ。


■「言葉」と言うのは、大切なものです。

相手に気持ちを伝える表現手段として。
自分の気持ちを整理する道具として。
知識を人類に共有する財産として。

人類が進化させてきた一つの財産です。



しかしながら、「言葉」は深いゆえに、
時に、取り扱いが難しいこともあるもの。

例えば、自分の心に、
”何かもやもやとしたもの”があるとしましょう。

その「もやもやした」を表現するにあたり、

不安、悩み、悶々とする、苦悩、焦り

のどれにあたるのか、
あるいはどれにも当てはまらないのか
「的確に表現する」のが難しいかったりする。


”複雑な気持ち”は、
時に「言葉には収めきれない」のです。

「言葉」は大変便利。

でも、同時に奥が深すぎて使いこなせないこともあるように、
私は感じるのです。

だから、自分の思いを表現できないとき、
人は感情のエネルギーを表出させられず、
そのことでイライラしたり、怒り出したりとなる。

子供がなんと表現したら良いかわからず、
とにかく泣きわめいて伝えようとするとか、

小学生が友達にイライラを言葉にできず、
つい手を出してしまう、というのもそうかもしれません。

「言葉には限界もある」。


言葉のプロの文豪ならまだしも、
一般的な人にとって、「言葉」とは時に難度の高いものである、
そのように思うのです。


■そんな事を踏まえた上で、昨日
システムコーチングで”あるワーク”をして、
大いなる気づきを得たのでした。

それは、

『”二人の関係性”を言葉は使わずに、体で表現する』

というワーク。

自分とパートナーの関係を表すときに、
「2人は、3年前からの知り合いで、仕事の繋がりがあって、、、」
などと、言葉で説明は“せず”に、

その関係性を、『身体表現』で表してみるのです。

それは、相手に手を差し伸べるような雰囲気かもしれないし、
相手と向き合うとちょっと手を組んでしまったり、
あるいは体が相手に傾いて寄ってみたり、、、

その2人の関係がどういったものかによって、
”体に現れてくる表情”も違ってくるのがおもしろい。


■”言葉としての言語”ではなく、
「身体としての言語」を見る。

そこには、必ず何かしらの意味がある。

身体から自然と出てくるサイン。
そこに注目してみるのです。


そしてそのシグナルを、

大きくしてみたり、
ゆっくりしたり速くしたり、
止めてみたり、
動物の動きに変えてみたり、

「何かしらの意味があるはずの身体言語」を深掘り、

探求していくのです。


■すると、面白いことが起こります。

「自分が体を傾けた」というところには、
言葉にできない何かしらの思いが表出おり、

その体の動きに注目することで、
別の隠された想いに気づいたり、

あるいは「体の傾き」から違う動きが連想されてきて、
そしてそこからまた、自分でも気づいていなかった、
深い部分の思いに気づくことができたり、、、。


「感性」を先に走らせ、その感性に委ねた結果を、
「言葉」に後からしてみるのです。

いわば、

【言語中枢を閉じることによる、非言語中枢の活性化】

により、気づきを得る。

「身体言語での表現 → 言語化」のステップで
より見えない自分の姿を見つめていく、、、

そんな不思議な体験をしたのでした。

(なんとも”言葉”で伝えられないのがもどかしいのですが汗)


■思うに、日常のビジネスでは、
「論理」が優先されるきらいがあります。

理路整然と、分析的に、わかりやすく伝える。
ロジックツリーのように、数学的に伝える。

それは、大変分かりやすく、
多くの人に理解してもらえる大切な技法の1つです。

しかしながら同時に、それだけでは表現できないこともあるのです。

悩ましい人間関係や、心の葛藤は簡単に、
整然と語れるものではないこともある。

そんな時に、「言葉」に頼らないこと。
そこにはまた別の登り方がある、と感じます。


歴史上、人間という種が、

「踊り」で表現したり
「歌」で表現したり、
「音楽」で表現したり
「絵」で表現したり

言葉に頼らない表現を大切にしてきたように、
そこには重要な意味があるし、誰もに備わる大切な表現方法の一つです。


今は左脳優位、論理優位になっているように感じますが、
右脳的な、芸術的、言い換えればぱっと見、
理論的ではないように見えるものの存在を改めて注目してみること。

そのことで、見えるものもあるのかもしれない。
そんなことに気がついたのでした。


■「言葉」はとても重要。

しかし「言葉」に頼りすぎていないだろうか?
それで見えなくなっているものもないだろうか?

ときには言葉に頼らず、
体で表現することも、大切ではなかろうか。

そんなことを思った次第です。

夏休み、お祭りシーズンとのことで、
盆踊りを踊り狂うことで、隠された自分を見つけること、
できるかもしれませんね。

ということで、

【言語中枢を閉じることによる、「非言語中枢の活性化」で新たな自分を見つける】

というお話でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本日も皆さまにとって、素晴らしい1日となりますように。

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<本日の名言>

芸術は人間のうちにおいて生まれ、
その人の作品のうちにはその人の人間性が
おのづから表現される。

三木清(哲学者/1897ー1945)
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