177キロマラソン体験記 ~ 超ウルトラマラソンを走ると、どんな感情が生まれるのか? 後編~

ゴールまで残り30キロ。早歩き程度のスピードしか出ない中で一歩一歩進む中、エネルギーとなったものとは。ゴールまでの34時間を振り返り学びと感じたことまで含む、「第四回 みちのく津軽ジャーニーラン 177キロの部」参加の記録、後編です。

前編・中編がまだの方は下記リンクからお読みください。

177キロマラソンをまだ楽しめた、スタートから序盤の様子を振り返る、前半

177キロマラソン体験記 ~ 超ウルトラマラソンを走ると、どんな感情が生まれるのか? 中編~

 

気持ちの良い快晴とは裏腹な体

146キロ地点のエイド(補給所)にて。明るくなっても眠気が襲います。

 

マラソン界隈では、100キロを越えるウルトラマラソンを「超ウルトラマラソン」と呼びます。

1日目を終えた時点で、ウルトラマラソンと超ウルトラマラソンの間にある「壁」を、舐めていた、甘く見ていたことを痛感していました。

 

 

 

7月15日(月)、2日目の朝。146キロ地点。
爽やかな晴れでした。

初日と比べ風が適度に吹き最高気温は25度程度と、気持ちの良いランニング日和。

 

普通なら…です。

 

快晴と裏腹に、心の中は雨模様です。
眠いのです。ただただ、眠い。
足も痛い。

 

あと30キロ。たった30キロです。

 

普段なら30キロはそんなに構える距離ではない。
しかし、このとき1キロあたりのペースは10分〜11分。
早歩き位のスピードしか出ません。

 

11分×30キロ=330分、5時間半。

 

総計算した瞬間、30キロだと心が持たない事に気づきます。
次のチェックポイントとなる156キロを目指そう。

そしてあと7キロ、6キロ、5キロとカウントダウンをしながら、次のチェックポイントに足を進めます。

 

 

156キロ、あと20キロとなる第7チェックポイントに到達。

そこではレンタカーを使って要所要所で応援をしてくれる妻が、エアーサロンパスを持って待っていてくれました。

 

辛すぎる中で安心できる人がいるだけで、本当に救われる気がしました。

 

別に状況は変わっていなくても、「そこに心許せる人が待っている」という事実が、どんな食事より、栄養ドリンクより、一番のエネルギーになることをこのレースで改めて感じました。

 

ものの数分の会話でも、エネルギーが湧いてきました。
妻よ、ありがとう。

 

 

 

「意思の力」が完全に削がれる中、ただただ進む残り11キロ

156キロ地点のエイド(補給所)にて。早く終わりたい。

 

100キロマラソンのときは、少しでも早く去年の自分を超えるのだと、歩かないことを選択し続けることができました。

そして終わった時には、最後まで投げずによく耐えた自分に対して、自然と涙がこぼれました。

 

しかし177キロマラソンのこのとき、「もう終わればどうでもいい」とすら思っていました。

 

「意志の力」が奪われるのを感じました。

「暴力的なまでの睡眠欲求」によって、意志が無に帰していくのです。

 

「ガードレールの裏側」を見つけると、「売地」と書かれた空き地を見つけると、「田んぼのあぜ道」を見つけると、ふらふらと引き寄せられ、眠りたい衝動に駆られます。

そして実際、幾度となく気を失うように道端で5分だけ寝る…ということを繰り返しました。

車で通る人の奇異な目も、もはや気になりません。
眠い。ただただ眠い。

 

そんな事を考えながら、砂時計の砂を少しずつ減らしていくように、残りの距離を刻んでいきます。

 

ただ足を動かすために、頭の中で僅かな足を動かすモチベーションを探し続けます。

残り11キロ。165キロ地点。

 

 

 

思わぬ再会、ゴールへ

171キロ地点、最後のエイド(補給所)にて、一緒に出場した藤田さん(通称:フジタマン)と。

 

165キロチェックポイントの「黒石駅」に到着。

 

そしてそこには偶然、一緒に出場した藤田さん(通称:フジタマン)という友人(ここまで253キロを走り抜けてきた猛者)と再会します。

 

予期せぬ仲間との出会い、邂逅というのは、こんなにも嬉しいものなのか。

これまでの疲れが吹き飛んだ気がして、2人とも満身創痍ながら固い握手をします。

 

「あと10キロ。頑張ろう」

 

そうやって最後の10キロは、フジタマンと旅路を共にすることになりました。

 

 

最初は歩きながら、二人でここまでの旅路をフライング気味に語ります。
しかしすぐにくたびれて、口を開けなくなる。

 

歩くと進まないのです。
歩いても走っても、どっちも辛い。

 

であるなら走ってさっさと終わらせようということで、二人で「電柱ゲーム」をはじめました。

僅かに残るモチベーションをひり出す、ウルトラマラソンでポピュラーな手法の一つです。

 

電柱3本分走って、1本歩く。

 

それをただひたすら繰り返します。
すると、みるみる残りの距離が減っていくのです。

 

あと、5キロ。4キロ、3キロ、2キロ。

終わりが近づくに連れ、足に力が戻ってきます。

 

 

ゴールの瞬間。夕日が照らす中ゴールテープを切る。

 

そして藤田さんと手をつないで、ゴール。

 

 

…ようやく、終わった。

 

達成感というより、安堵感。

 

そして風邪気味の中走り続けた代償なのか、喉が潰れて声が出なくなっていました。

 

 

 

フルマラソンとも100キロマラソンとも異なる、177キロマラソンから得た学びとは

ゴール直後、賞状とともに。解脱感が漂う。

 

一番の学びになったことは、”諦めないこと”…ではありません。

 

正直なところ、ゴールして数日たった時点で思ったことは、人間には「睡眠」が必要という学びです。

「睡眠を奪う」というのは究極の拷問であると聞いたことがありますが、納得できた気がしました。

 

わずか1日なのに、ここまで辛いとは…

 

ランニングと違う種類の辛さ。

終わりがない辛さというか寝かせてくれという心の叫びというか…これが続いたとしたら正気でいられないと思います。

そんな中走る263キロの部の出場者たち…50時間近くほぼ不眠不休で走る50代など妙齢の方。

 

信じられません。

 

 

そしてもう一つは、人が力をくれるということ。

 

辛い時に誰かが応援してくれる、それは物凄いパワーになります。

自分が信頼するパートナーや仲間であれば、その力は2倍、3倍、4倍となる。

知らない人でも、例えば青森の子どもたちが、

 

「がんばってください!」
「おはようございます」
「こんにちは」

 

礼儀正しい挨拶の数々でも、その瞬間だけかもしれませんが、折れた心がしゃんとする気がしました。

 

人の力は偉大です。

 

改めて応援してくれた数々の方(特に妻)には、感謝しかありません。

 

 

そして、最後は、小さく、でも着実に進むことの大切さでした。

 

177キロマラソンは「想像を遥かに超えた辛さ」でした。

その中でも70キロ地点くらいからは、練習不足と体調不良も相まって苦痛でしかありませんでした。

 

それでも、

「まずは10キロの先のチェックポイントを目指そう。歩いてもいいから」
そうやって刻むことで、ゴールに近づいていきました。

それはマラソンだけでなく遠い道のりに思えることすべてにおいて、同じことが言えると思います。

 

今回の177キロは、もはやスポーツの域ではないと感じますが、「肉体での学び」は研修やセミナーを超えるほどの多くの気づきを身体で体感することができます。

ゆえにもしこの話を受けて心に少しでも引っかかりがある方、チャレンジしてみてはいかがでしょうか。

 

体力に自信のない方はまず2キロのファン・ラン二ングを。自信をつけたい人、成長を感じたい人はフルマラソンを。

「自分自身の人生の舵」を、より強くしっかり握るためのツールとしてのランニングを、ぜひオススメしたいと思います。

 

ただ177キロマラソンは、ちょっとオススメできませんが(汗)

 

…ということで、3回に渡る超長文の177キロ体験記でした。

共に闘った仲間と、ゴール後に記念写真。左から、藤田マン(263キロ完走)、プリンス(177キロ完走)仙人(263キロ完走)、AKB(177キロ完走)。本当にありがとう!

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

本日の名言

人生で最も大切なことは、はるか彼方にあるものを見ようとすることではなく、目の前にはっきり見えるものをきちんと実行することだ。

トーマス・カーライル(スコットランド出身の歴史家・評論家/1795〜1881)

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