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2595号 2021年3月29日

ニーチェが語る「精神の3ステップの変化」から学ぶこと

(本日のお話 2325文字/読了時間3分)


■こんにちは。紀藤です。

昨日日曜日は、
赤ちゃんの面倒を見つつ、
終日読書でした。
 
来週、大学院の入学式があり
そこからバタバタと忙しくなりそうなので

少し早い春休みということで
ゆっくりした休日でした。



さて、本日のお話です。

現在読み進めている本、

『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』
(著:山口周)



を読みつつ、考えさせられつつ
また感銘を受けております。

今日は上記の著書より、
一部引用させていただきつつ、

学びと気づきを、
皆さまにご共有させて頂ければと思います。

(今日は若干回りくどいお話ですが、、、
 よろしければお付き合い頂ければ幸いです)

それでは早速まいりましょう。


タイトルは、


【ニーチェが語る「精神の3ステップの変化」から学ぶこと】


それでは、どうぞ。



■皆さまは、働く上で
どのような労働観をお持ちでしょうか?

おそらく、
色んなパターンがあるのでしょうが
これまでの労働観で代表的なのが

「未来のために今を犠牲にする」

であった、と言われております。


労働とは基本的に辛苦を伴うもの。

その忍耐の対価として、
給与や安定など手に入れることができる。


■私事ですが、親戚のおじさんが
私が大学生のときに、

「仕事ってのはな、
 基本的にイヤなもんなんだよ。
 
 月曜になったら、ああやだな、
 いきたくない、と思いながら、
 皆、会社に行くんだよ。

 それが、仕事ってもんだ」
 

と言っていた言葉に

妙なリアリティとともに
なんだか切ない世の中だな、、、

と感じたことを覚えています(汗)

そして実際、そんな文脈で働く人も、
決して少なくないかと。



■ただし、この考え方で
キツいけど仕方ない、、で働く時代は
終焉を迎えつつある。

そのような話が冒頭の著書の
『ビジネスの未来』で提言されておりました。


なぜかというと、
物質的に満たされつつある現代、

「未来のために
 今を犠牲にする理由が見つからない」

からです。


頑張ったらもっと豊かになれる、
将来楽になれる、、、

それはモノがない時代で、
かつ経済成長が前提であったから。

我慢すれば豊かになれる
「期待」があったからです。

努力に対して報酬が得られることを
「期待」できるから人は頑張ることができる。

その報酬が未来に
「期待」できない以上

”未来のために今を犠牲にする”

というロジックは機能不全を起こしており、

・労働とは忍耐である
・辛苦の対価の代わりに給与をもらうもの
 
という考えは、

(特に若い世代において)
通用しなくなっている、

と言うわけです。


、、、うーん、実に納得です。



■そんな話に関連して、

ドイツの哲学者ニーチェ(1844-1900)は、
こんな言葉を残しており、

なんとなく関連性を感じます。


どんな話かと言うと、


『”私たちの精神”は

「駱駝(らくだ)」→「獅子」→「小児」
 へと変化していく』


なんて話です。

またよくわからん感じはありますが
これが面白く、これまで、これからの我々の働き方、
生き方を考えさせてくれる、

そんな気がするのです。


以下、引用です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

”わたしは君たちに精神の三様の変化について語ろう。
すなわち、どのようにして精神が駱駝(らくだ)となり、 
駱駝が獅子となり、獅子が小児となるかについて述べよう。”
 
”精神がもはや主と認めず
神と呼ぼうとしない巨大な竜とは何であろうか。
「汝なすべし」それがその巨大な竜の名である”
 

”しかし思え、私の兄弟たちよ。

獅子さえ行う事ができなかったのに、
小児のみ行うことができるものがある。
 
それは何であろう。なぜ強奪する獅子が、
さらに小児にならなければならないのだろう。
 
小児は無垢である、忘却である。
新しい開始、遊戯、おのれの力で回る車輪、
始原の運動、「然り」という聖なる発語である”
 

フリードリヒ・ニーチェ『ツァラトゥストラ』より

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


■、、、、さて。

なんのこっちゃ、
と思ってしまいそうですが、

解説をさせていただくと、
こういうことだそう。



1)「駱駝(らくだ)」= 

 こうすべきという規範に無批判に従う人物。
 駱駝は規範に従って重荷を背負い、それを喜ぶ人。
 
 駱駝である自分の支配者である巨大な竜は、
 「汝なすべし」と、自分に命令してくる。

 (つまり命令をされ、無批判に指示を受けるのみの人、ですね)
 
  
 
2)「獅子」=

 しかし、駱駝はやがて自由を獲得することを求め始める。
 そして獅子になる。

 そして巨大な竜が「汝なすべし!」と命令することに対して
 獅子になった自分は、「我は欲す!」と叫ぶ。
 
 自分の意見を持ち、主体的に動く人、
 ということでしょうか。

、、、しかし、そんな獅子を超える
「小児」がいるとニーチェはいいます。


3)「小児」=

 正邪善悪の判断なく、瞬間瞬間の
 無垢な衝動で行動を決める。
 
 他者からのこうすべき、自分のこうすべき、
 いずれの観念にも囚われていない。
 
 つまり、”今この瞬間の美しさ”を
 純粋に楽しむことができる。
 


■、、、とのこと。

(私の解釈が入っておりますので
 違っていたらゴメンナサイ)


これを見てみると、

かつての労働観(=駱駝)から、

それぞれが意志を持ちキャリアを作り(=獅子)、

そして労働そのものを喜びとするような
自分の道を見つけていく(=小児)

という流れにも、
通ずるような気がするのです。



■そして面白いことに、

真にすごい人、
その世界で卓越した成果を出している人は、


”今この瞬間を全力で
生ききる事ができている人(=小児)”
 

であると感じます。

少し哲学的な話ですが 
人生は「今」の連続でしかありません。

そして、

その”今”を楽しみつつ
生きることができている人は、
実にエネルギーがあり力を開放している、

と感じます。



■もちろん、

何がなんでも「小児」がいい、というわけでもなく、

生きる上では守るものがあるし、
規範があるからこそ出来ることもあるし、

集団が安定し、力を発揮できることも
たくさんあると思います。


ただ大きな社会の流れとして、

「未来のために今を犠牲にする」

という駱駝的考えで動くことは、

時代とズレが生じているとも言えるし、
日々の働く満足度を下げる、という解釈もできそう。

自己犠牲的に働く環境を用意しても
雇用が守られるかどうかわからない現状では、
リスクしかない、という経営的視点もあります。


■もう100年以上前の考えですが、


【ニーチェが語る「精神の3ステップの変化」から学ぶこと】

として、

我々が求めている労働観も
少しずつ変わっているのではないか

そんな問いを立てることは、
経営にとっても重要な問いではなかろうか、

とも感じます。



■今、

”経営にリベラルアーツが求められている”、

と言われるように

「働く」という概念についても、
問いを立て直す分岐点にきているように思えてなりません。


自分の当たり前は、
本当に当たり前なのか?

考え方の前提を疑うこと、とても大事だな、
と感じた次第でございます。


最後までお読み頂き、ありがとうございました。


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<本日の名言>

事実というものは存在しない。
存在するのは解釈だけである。

フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)

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