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3082号 2022年7月30日

「狭き門」の本当の意味

(本日のお話 1895字/読了時間3分)

■おはようございます。紀藤です。

昨日はランニング10キロ。
また2件のアポイント。
その他、大学院の論文まとめなど。



さて、本日のお話です。

私、現在1歳半の子供がおり、
保育園に通っているのですが、

そこで毎月もらえる
「保育園通信」なるものがあります。

それが毎回イイことが書いてあり、
なるほどなあ、と考えさせられております。

本日はそのお話から引用させていただきつつ、
学びと気づきを皆さまにご共有させていただければと思います。

それでは早速まいりましょう!

タイトルは

【「狭き門」の本当の意味】

それでは、どうぞ。

■今年の春、抽選により
縁あって通うことになった保育園が、
たまたまキリスト教系の保育園でした。

肝っ玉母さんのような園長先生。

そこに”チャプレン”と呼ばれる
教会・寺院に属さずに施設や組織で働く聖職者がいらっしゃり、
(牧師、神父、司祭、僧侶等だそう)

リーダーのような形で
園をまとめています。

■そして、
毎月そんなお二人から、

”お便り”

が届きます。

そして今月のお話が、
個人的にツボでございまして、
ぜひ皆様にもご紹介したいと思いました。

以下、一部ご紹介させていただきます。

(ここから)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『狭き門』

「狭き門」という言葉は、実は聖書からの引用です。
ただ、現代の日本ではちょっと違った意味で使われます。

倍率が高い学校入学とか、難しい試験などを合格して勉強して、
門に入れなかったたくさんの人々ではない「選ばれた者」として
みごと「狭き門」を通過する、というイメージでしょう。

しかし、聖書の中の「狭き門」には、比較は登場しません。
ひとりひとりのために神さまがつくった本人だけが通れる門の話です。
一方、誰でも自由に行き来できる広々とした門も存在しています。

(中略)

「あなただけが通れる狭い門」、
それを見つけることは容易ではないでしょう。

まして「他の人は入れなかった」と聞くと、
さらに不安になるかもしれません。

でも、わたしたちがこの世に命を受けている以上、
必ず「わたしの門」が存在し、その門にはあなた以外の誰も入れない。

それは、「わたし」というかけがえのない存在を認知する
人生の入り口でもあるでしょう。

「わたしの門」を持つけ、そして門を通って入る決断へと踏み出した時、
人はもっとも幸福になれるに違いないのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(ここまで)

というお話でした。

■さて、いかがでしょうか。

チャプレンの先生、
素敵なお話、感謝でございます。。。

ちなみに、
インターネットを調べてみると、
「狭き門」のお話の元は聖書のこの一節だそうです。

”狭い門から入りなさい。
滅びに至る門は大きく、その道は広く、そこから入って行く者が多いのです。
いのちに至る門はなんと狭く、その道もなんと細いことでしょう。
そして、それを見出す者はわずかです。”
(新約聖書マタイの福音書7章13節)

とのこと。

自由に通れる容易な道。
そしてそこから入っていく人も多い。
しかし、それを”滅びに至る門”といっているところに、
なかなかの大変さを感じます。。。

■このチャプレンの先生の
お話を読んでいて思っていたのが、

自分自身を振り返り、

自分が持っている能力、性格、出自、今いる環境などを省みて、
出来ることもいくつかあれば出来ないことも山のようにあります。

そこにまだまだ未熟な自分として、
比較をしてしまうこともあるのですが

それでも比較ではない、
自分だけの「狭き門」を見つけて

そこに”何かの意味”を見出し、
自分なりに一生懸命に頑張ることができたら

その過程では比較など存在せず、
そして何よりも自分が幸福なのかもしれない、

、、、などと思ったのでした。

■そして、少し脇道にそれますが、
思い出したことが一つあります。

それは大学院のある授業の話です。

「仕事の意味づけ」について
こんな論文を読みました。

『On the meaning of work: A theoretical integration and review』
(日本語訳:働くことの意味について:理論的統合とレビュー)
(Rosso, Brent D., Kathryn H. Dekas, and Amy Wrzesniewski. 2010.)

という論文。

私たちは”働く”にあたって
自分の仕事に”何かの意味”を
誰もが持っているものです。

例えば、

・お金のため
・家族のため
・仲間のため
・組織のミッションを実現するため
・より良い社会を作るため

など人によってそれは違うでしょう。

その「仕事の意味づけ」の中に、
”スピリチュアリティ”という概念が研究されています。

天職のことを、
”Calling(神さまからの呼ばれたもの)”
と英語では言います。

これは私の感想ですが、
この「狭き門」の話にも通ずるように思えました。
(出典が聖書ですし)

■この話でいう、

わたしだけの”狭き門”とは、

人によって与えられた状況が違う中で、
それぞれが持ち違いも考えた上で、

その影響の大小も、社会的な見られ方も、
全く違う中でも、それぞれが与えられている課題のようにも
感じられます。

■果たして自分の「狭き門」とは何なのか?

色々とそれっぽい答えは
いくらでも浮かんできますが、

自分も今、学びを深めつつ、諸々考える中で、
改めて自分の中の納得できる「狭き門」をつけていきたいものだ、
そんなことを考えさせれた次第でございます。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。
本日も皆さまにとって、素晴らしい1日となりますように。

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<本日の名言>

君の魂の中にある英雄を放棄してはらなぬ。

ニーチェ

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