日本アスペン研究所という「古典」から学ぶ対話の場について
(本日のお話:2308字/読了時間4分)
■こんにちは。紀藤です。
月曜日から研修、また夜のミーティングが続いております。
またランニング12kmなど。
少し体力的に回復が追いついていないので、
早くバランスを取り戻したいと思います。
*
さて、本日のお話です。
最近、改めて「哲学」について学び直したいな、
と感じている今日この頃です。
中原先生の「ナカハラジオ」でパスカルのパンセのお話が出たことが
きっかけでございました。
2019年、日本アスペン研究所という「古典(哲学を含む)」という
3日4日の宿泊研修を、個人的に受けにいったことがあったのですが、
そこでも「パスカルのパンセ」を読みました。
詳しくは忘れてしまったのですが、
その学びの場全体としては、たいへん印象に残っています。
古典・リベラルアーツと対話によるリーダーシップセミナー|日本アスペン研究所
https://aspeninstitute.jp/seminar/young-executive/
ここ数年「ビジネスにもリベラルアーツが必要だよね」という文脈で、
芸術や歴史、哲学にも注目が集まり、
そうしたものに注目されるビジネス書も増えてきたように思います。
しかし、こうした「古典や哲学」というものは、
一度聞いただけで自分に落ちるものではなく、
何度も読み込まなければ、到底理解できないだろう、と私は思っています。
…にも関わらず、その古典の学びを全く振り返っていなかったな…と思い、
当日の資料をパラパラとめくってみました。
今日はそんな日本アスペン研究所の学びを7年ぶりに振り返って思うことについて、
ゆるりと書いてみたいと思います。それでは、どうぞ!
■日本アスペン研究所とは何か
アスペン研究所とは、もともとコロラド州アスペンで行われた
「ゲーテ生誕200年祭」を原点とする学びの場です。
第二次世界大戦後、技術や経済が発展するだけで、
人間らしい社会をつくれるのか。
そうした問題意識から生まれたそう。
そして、1977年に米国アスペン研究所の活動に触れた小林陽太郎氏によって、
1998年に日本アスペン研究所が生まれました。
古典を読み、さまざまな立場の人と対話することで、
価値観や判断の土台を育てるという、そうした団体です。
実際に取り組む古典の題材というのが、
アリストテレスの『ニコマコス倫理学』、
アダム・スミスの『道徳感情論』、
プラトンの『国家』、福沢諭吉の『文明論之概略』、
オルテガの『大衆の反逆』などなど。
古典の書籍を全部読むのは大変なので、
その中の特に重要なポイントを、プログラムの中で抜粋していただく。
それをじっくりと熟読し、自分なりの考え方をまとめて、
対話の場に臨みます。
そして、それを持ち寄って、
どういったことを感じたのか、考えたのかを対話するという、そんな場です。
■「古典との対話」という学びの場
そこには、モデレーターと呼ばれる方がいて、
その道に精通した実務家(私のときは、誰もが知る企業の副社長)と、
埼玉大学の名誉教授が、その役割を担われていました。
そして、自分が古典を読んで、考えたことがあれば、
自分の名札の三角柱を、立てて、発言をする。
すると、それを受けて、他の参加者が発言をする。
古典という題材に対して、それぞれがボールを落として、
「それはこういった観点からも考えられるのではないか」という話を
ひたすらに続けていく。
そうして、3日間が過ぎていくのです。
その中で、途中でモデレーターの方が、新しい視点を提供してくれたり、
あるいは当時の歴史的背景を伝えてくれたりして、
今につながる「当たり前」がどこから生まれてきたのか、
ということも読み解いていきます。
そうした中で、自分の考え方のクセ、
そして、率直に「いかに自分が無知であるか」ということ、
そして自分が当たり前と考えているものも
「先人が生み出した哲学の上に成り立っている」という、
社会全体から影響を受けている自分にも気づくのでした。
当時参加していたのは、30代ぐらいの、
特に金融系のマネージャーの方々が多かった印象です。
私は、それなりの高額の参加費をは自腹で払って参加していたところもあるので、
とにかく「元を取らなければ…」と思って、
発言をしまくっていたという記憶があります。
ただ、その時の学びも、今は自分の言葉で語れないくらいに、
薄まってしまっているのが、実に悲しいな……とふと思うのでした。
■表面的な知識ではなく、土台を固める
そして、今思うことがあります。
今、AIやテクノロジーなどがどんどん身近になって、
新しい技術に触れられるようになってきました。
アプリをつくったり、これまでやったことがないことにも手をつけてみたり。
さまざまな本や、いろいろな知識があるということも、
以前より知ることができるようになりました。
でも、結局どれも、少しつまんでは手放す、ということを繰り返している。
そして、自分の無力さと無知さを強化するだけになってしまっているよな…
そんな、じわりとした痛みを日々感じています。
そんな中で、もしかすると今、自分が学ぶべきことというのは、
・「自分はどうやって生きるのか」
・「何をして生きていきたいのか」
・「人間とは何なのか」
・「社会とは何なのか」
・「我々が問うべきことは何なのか」
そうしたことなのではないだろうか。
そうしたことを、もう一度、地に足をつけて考えることが必要なのではないだろうか、
そんな事を考える今日この頃なのでした。
■まとめ:何も知らないから学ぶ
ということで、これから、そのときに学んだいくつもの古典や哲学を振り返りながら、
改めて自分で思うところを言葉にしていきたいな、と思っています。
歳を重ねて、またnoteで発信していると、
色々知識が増えているように見えますが、実は全くそんなことはありません。
上澄みの知識は、根を下ろしておらず、所詮、上澄みなのです。
だから、ゼロベースで、何も知らないという前提で学び直し、
じっくりと読み解き、自分の言葉で、
考えたことを言葉にしていくことをしてみたい。
時間的にも、忍耐力の観点からも、自信があるとは言えませんが、
なんだか、とても大切な問いのように思います。
古典を、振り返り、学ぶ。
色々と学んでいることが散らかっていますが、
自分のペースで掘り下げていきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!!
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