ピアノ調律師から学ぶ「自分を緩めず、整える」方法
(本日のお話 2917字/読了時間3分)
■こんにちは。紀藤です。
昨日は、1件のアポイント。
その他、執筆活動でした。
なかなか終わりませんが、
仕事をしながらもこうした時間を取れていることが、
実にありがたいことだな、と思っております。
皆さんにとって、役立つものを世に出せるよう、
引き続き尽力してまいります。
*
さて、本日のお話です。
私事ですが、先日、1年前に買ったピアノに「調律」を行っていただきました。
ピアノの調律というと、あまり一般的には馴染みがない(私も買うまでは全く縁がなかった)かと思いますが、なかなかに奥深い世界のようです。
第13回本屋大賞にも輝いた小説『羊と鋼の森』では、ピアノ調律師にスポットを当てた物語が描かれており、感動したことを覚えています。
https://note.com/courage_sapuri/n/n2a22d61b1388
さて、そんなピアノの調律を見ていて、「人生全般にも調律って大事かもしれないなあ…」なんてことを、考えさせられていました。
今日は調律からの学びのお話をお届けできればと思います。
それでは、どうぞ!
■「ピアノ」は生きもののようである
私のように趣味でやっているレベルでも、アコースティックのピアノは、まるで生きもののように変わっていくことを感じます。
弾く人に合わせて、変わってきたり、個体ごとにもその違いが感じられます(特に海外のピアノはその印象が強いです)。
ピアノの調律師さんのお話によると、「弾き手のクセ」「置かれている環境(湿度や温度など)」で、ピアノを構成している鍵盤、ハンマー、弦、響板などが変化していくとのこと。
特にお引越しをした後は、人間と同じように「ピアノが住んでいた環境が変わる」ので、音が安定するまでに変化が激しいものですよ、なんて話をしてくれました。
そして、購入したピアノが我が家にやってきて1年。久しぶりに、ピアノの調律を行ってもらうことになりました。
■音と響きが、驚くほど、変わった
調律師さんがやってきて、ピアノの場所に来ていただき、そしてお任せします。
その間、仕事をしていたのですが、隣の部屋から「ポーン、ポーン」とピアノの柔らかい音が聞こえてきました。
人によって、やり方は少し違うのかもしれませんが、今回お越しいただいた調律師の方は、単音を鳴らして、丁寧に整えていただいている、そんな印象を受けていました。
そして、2時間後。「終わりました。よかったら試してみて下さい」と声がかかりました。
自分は耳に自信がないので、「音が変わっているかわかるかどうか、不安なのですが…」と言い訳がましくいいながら、いつも弾いているピアノに、そろりと触れて、音を鳴らしてみます。
(何の問題もないと思っていたのに、こんなに違うものなのか…)
しっかりとしたタッチで弾いたわけではないのに、一音一音が、クリアに聞こえます。
そして、しっかり弾くと、響板全体が音に共鳴しているかのように、部屋全体に響いていました。
あれ、こんなに音が響いたっけ…?と驚くほど。
音叉によって、共鳴した音が相乗効果で大きくなるように、ぱっとひらけた響きになっていて、驚かされました。
気づかないうちに、ピアノの弦が少しずつ緩み、音色がココまで変わっていたのか。
その事実に、しばし、ぼうっと浸っていました。
■自分自身の「弦」は緩んでいないか?を問う
そして、これらのことからふと思います。
「自分自身の弦は緩んでいないだろうか?」と。
人は、つい、易きに流れてしまいます。性弱説などとも言いますが、人は弱く、自分を律し続けることは、想像以上に大変です。
以前は自分を追い込み切って、オールアウト(全力を出し尽くす)していたのに、いつからか、経験による効率だという言い訳を元に、燃料をセーブすることが常態になっていないか。
そうした「緩める習慣」が当たり前のようになって、少しずつ、ピアノの弦のように緩み、音に締まりがなくなってはいないだろうか。
そして、何よりも、そうした緩んだ音に自分が気づかなくなっていないだろうか…。
そんなことを考えさせられたのでした。
今いる環境に慣れ、外部の視点に触れる機会がなくなると、こうしたズレが生じていても、自分では「イケている」と勘違いするリスクがあります。
本当は弦が緩み、音が狂い始めているにもかかわらず、です。
だからこそ、あえて異種格闘技戦のような場に身を置き、多様な人からフィードバックをもらう。
それが、自分という楽器を調律し続けるために不可欠なことなのだと、改めて感じた次第です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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