大企業が研修子会社を持つ理由を「取引費用理論」から考えてみた
(本日のお話 3452字/読了時間4分)
■こんにちは、紀藤です。
昨日は、終日、立教大学のリーダーシップ教育の授業でした。
ついにプロジェクトも折り返し。学生の皆のプランの成長が楽しみです。
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さて、本日のお話です。
少しお休みしておりました大著『世界標準の経営理論』の全章レビュー、本日からゆるっと再開していきたいと思います(また休んだり始めたりしますが、いつか終わるはず…!)
本日は全30章のうちの「第7章 取引費用理論」を見てまいります。
”100年前も現在も、企業のあり方は「取引コスト」で決まる”
そんなサブタイトルから始まるこの章ですが、「大企業が、取引会社を買収する理由」や、「海外に進出するとき、現地パートナーと契約を結ぶのか、現地企業を買収して完全子会社にするかの選択理由」などがわかる理論で、なるほど・・・!と非常に勉強になりました。
ということで、早速中身をみてまいりましょう!
■「取引費用理論」とは?
まず、取引費用理論(TCE:Transaction Cost Economics)」ですが、”企業が「市場で買う」か「自前でつくるか」を判断する際に、取引にかかるコスト(契約・交渉・監視・調整など)を重視する考え方”のことです。
取引費用が高いと企業は内部化(内製)を選び、低ければ外部化(外注)を選ぶ傾向があります。1937年に発表した経済学者コースの論文からはじまり、1970~80年代にウィリアムソンがこの理論を発展させ、今にいたります
2009年には、この功績が称えられて、ウィリアムソンはノーベル経済学賞を受賞した、とのこと。なるほど、相当インパクトがあった理論なのだろうな、ということが伺えます。これは期待大ですね。
■「限定された合理性」を取り込んだ理論
また、この「取引費用理論」は、古典的な経済学である『限定された合理性』の考え方を取り込んでいます。つまり、「人は将来を見通す認知力に限界があり、その限られた認知力の中で、合理的に意思決定を行う」というものです。”将来はわからない”という前提の中で意思決定を行う上で、役に立つ考えが「取引費用理論」ともいえます。
■GMがハマった罠 ーホールドアップ問題ー
本書では、「取引費用理論」における代表的な問題のケース(GMとフィッシャーボディ)が紹介されており、それが興味深いものでした。こんなお話です。
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1919年、GMはすでに米国を代表する自動車メーカーでした。その中で、車体製造のやり方を抜本的に変える移行期に、当時の有力サプライヤーであったフィッシャーボディに、新しい車体製造を依頼しました。
そのためにフィッシャーボディは、大規模な設備投資が必要ですが、お金も必要になります。そこで、「GMは、設備投資をしてくれたら、10年は、車体を同社以外からは受注しない」という専売契約を結びました。
・・・ところが、製品の需要が想定以上に急増し、大量生産が必要になりました。大量生産なので値下げが期待できるだろうと、GMはフィッシャーボディに価格交渉を迫りました。
しかし、フィッシャーボディは、設備投資は他はできず、他には頼めないことを理解しており、と値下げに応じませんでした。そして、GMは、高い車体を購入し続けることになったわけです(=これを「ホールドアップ問題」といいます)
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つまり、「めっちゃ取引費用かかってるよね…」という状況に、ハマってしまったと言えます。
(そして、この話のポイントは、GMがフィッシャーボディと契約をしたその当時は「市場の急成長を正確に予測することができなかった」ということです。まさに先程説明した「限定された合理性」ですね)
■「ホールドアップ問題」が起こる理由
…と、一つの例を紹介しましたが、このような事例は、経営の世界でも、枚挙に暇がないほど、多く起こっているようです。
では、どのような要因で、このホールドアップ問題がおこるのでしょうか?
以下、「3つの要因+1つの大前提」があるとのことでした。
1) 不測事態の予見困難性(将来の予測が難しい)
取引を開始する段階では、将来どれほど需要が伸びるか、状況がどう変わるかを正確に予測することが困難です。
たとえばGMとフィッシャーボディのように、車の需要が急増することがあらかじめ分かっていれば、契約内容や体制を変えておくことができたかもしれません。しかし予見できなかったため、対応できず、関係が固定化されてしまいました。
2) 取引の複雑性(調整や再契約が難しい)
高度な製造や長期的な供給関係など、取引が複雑になると、いざというときに契約内容を柔軟に見直すことが難しくなります。細かい条件まですべて契約でカバーできないため、実際の運用では“すき間”が生じやすく、そこをめぐって交渉がこじれます。
3) 資産特殊性(他で使えない専用設備などの投資)
一方の企業が、相手との取引のためだけに専用の設備や技術に投資をすると、それが「相手に依存する構造」になります。たとえばフィッシャーボディがGM専用の設備に投資したことで、GMは簡単に他社に切り替えられなくなり、交渉上の不利を背負うことになりました。
◎ 大前提:機会主義(相手の足元を見る行動)
これら3つの条件がそろっていても、相手が誠実な取引先であれば問題は起きにくいのですが、相手を出し抜いてでも、自分が利益を得ようとする姿勢(=“機会主義的な行動”)を相手が持っていると、問題が深刻化します。つまり、相手の弱みに乗じて値上げや値下げ交渉を仕掛けたり、契約上のあいまいさを利用して自社の利益を最大化しようとするわけです。
■ホールドアップ問題にどう対処するか?
さて、このように「足元を見られている状況」になったとき、どう対処すればよいのでしょうか?
王道は、「取引相手のビジネスを自社で内製化する」ことです。
企業内部に取り込めば、契約や交渉のコストもなくなります。なので、買収などもするわけですね。
ちなみに、上記のGMのケースでも結局、GMは最終的にフィッシャーボディを買収し、社内で車体を製造できるようにして取引コストを抑えました。
■「取引費用理論」の活用方法
取引費用理論は、要は「取引コストが掛かるものを内製化する基準」を与えてくれるものです。
たとえば、ある製造業でみてみます。「開発設計→調達→生産→流通→販売→保守サービス」とおこなっており、この中の”調達”のプロセスを外部に依頼していたとします。
しかし、この”調達”部分の『取引コスト』が、実際の価格や契約を含め、高かったとします。すると、この”調達”部分を自社で内製したり、あるいはその会社を子会社化することで、コストを減らそうとするわけです。
日本の大手企業でも、グループ内に「研修子会社」を持つ例もあります。
これも、取引費用理論で考えれば、「自社の教育を外部ベンダーに依頼するより、自社内で行ったほうが取引コストがかからない」という選択の結果生まれたと考えると、納得が行きます。
■まとめと感想
その他にも、「新興国でのビジネスは、司法システムが発展していないため、何かトラブルがあったときに訴訟が10年単位で長引くため、取引コストが掛かりやすい」とか「ITの発展により、世界的な取引コストは下がっている」なども説明されていました。
あるいは「自社のITシステムの構築を依頼すると、その会社しか改修できないため、結局足元を見られるズブズブの関係になる(=ホールドアップ問題の典型)」というのもあり、たしかに…、と思いました。
どれも、感覚的にわかっていたものに言葉が与えられた感覚で、非常に面白いものでした。同時に、小さい会社では、コバンザメ戦略のようなイメージで、本理論も活用できると感じます(その会社にとっての「特殊資産性」をいかに構築するかに骨を砕くなど)。
人は、合理的ないきもの。
だからこそ、倫理観だけでは語れず、
足元を見ても、自社を利するなどの行動をするものだよな、
と経済学の前提も感じるお話でした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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