メールマガジン バックナンバー

2225号 2020年3月24日

「誰に嫌われるか?」を問うことは、「誰に強く愛されたいか」を問うことである

(本日のお話 2343字/読了時間3分)

■おはようございます。紀藤です。

昨日は、1件のアポイント。
ならびに午後からは、某建設会社の皆様へ
「戦略実行の4Dx」のコンサルティングでした。

また夜は懇親会でした。

飲食店に入るときに
アルコール消毒と検温が必須であったところに
改めてコロナ問題の大きさを感じております。

しかしながら、
「今やれることを粛々とやるのみ!」
ですね。





さて、本日のお話です。

こんな外に出づらい時期だからこそ
猛烈に知的活動を回しております。

その中の1つで、
「ホームページを作成するプロジェクト」
をやっておりますが、地味に
たくさんの葛藤がうまれております(汗)

今日はその葛藤の中から思うこと、
そして気づきがありましたので
皆様にご共有させていただきたいと思います。


タイトルは、


【「誰に嫌われるか?」を問うことは、「誰に強く愛されたいか」を問うことである】


それでは、どうぞ。






■突然ですが、私(=紀藤)は
「八方美人」的なところがあります。

基本それがマイナスになることは
さほどない(と思っている)のですが、

今回、ホームページを作成するにあたっては
明らかに、そのことが仇となっております(汗)



■少し前から、
ホームページ、ホームページ!
とメルマガで言っておりますが、

実際は半年位前に、
会社のホームページ自体はできていました。

デザインとしては、
手前味噌ですがいい感じです(妻作)。

でも、実際に見てみると、
なんだか表面的なのです。。。

ゆえに、自信がないので、

メールの署名欄にURLを入れることもできず、
Facebookで告知することもせず、
大体的に作りました!と発表することもなく、

ネット上のバーチャル世界の端っこに佇む
”あってないような存在”となっている
我が社「カレッジ」のホームページです。

(ちなみに「カレッジ」で検索すると、
 高田馬場の「学生ローンのカレッヂ」と出てきます)



■しかし、最近、
図らずも見直す機会ができており、
このタイミングで

「改めて何が伝えたいのか?」

を問い、何度も何度もコンセプトやキャッチコピーを
書いては消し、書いては消しを繰り返し
と葛藤し続けている昨今でございます。


そんな中で、先日読んでいた
『ストーリーとしての競争戦略』(著:楠木建)に
こんなことが書いてありました。

それが、「ああ、なるほど」と
光明を見出してくれるものでした。


(ここから『ストーリーとしての競争戦略』より引用です)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ターゲット戦略を明確に定義する、とは
マーケティングの教科書などで繰り返し指摘されていることです。

しかし、ストーリーの起爆剤となるような
ユニークなコンセプトを構想するためには、
もう1歩踏み込むことが大切です。

「誰に嫌われるか」をはっきりさせる、
これがコンセプトの構想にとって大切なことの2つ目です。

ターゲットを明確にすると言う事は、
同時にターゲットでない顧客をはっきりさせると言う事でもあります。

ターゲット顧客から徹頭徹尾喜ばれると言う事は、
ターゲットから外れて顧客にはっきりと嫌われると言うことです。


人間でも同じです。
誰かに愛され非常に愛されている人は、
誰かから嫌われているものです。

誰からも好かれている人と言うのは、
ほんとうのところは誰からも好かれていないのかもしれません。

誰に嫌われるかを意図する。

これが筋の良いコンセプトを描くための
最も効果的な入り口というのが私の考えです。


※引用:『ストーリーとしての競争戦略』(著:楠木建)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(ここまで)



■「誰に嫌われるかをはっきりさせる」。

これが、コンセプトを描くために大事なことであり、
「誰に非常に愛されたいか」を決めることである。

、、、

ああ、確かに、なるほどなぁ。

と非常に納得しました。



■このことを読み、結局自分は
「八方美人」で誰からも嫌われたくなかった、のでは
と思ったわけです。

「こう書いたら、ちょっと暑苦しすぎて
 法人向けには合わないかもしれないなぁ」

「無難な言い回しの方が、
 反対されるリスクが減るかもなあ」

「言い切ってしまうと、
 他の可能性がなくなってしまうかもなあ」

、、、と

「可能性を消したくない」という名のもとに
「皆から嫌われたくない」というスタンスが
にじみ出ていたのでしょう。



■これは、「ホームページ」という1つの事象。

しかし、その事象は、
”自分の「あり方」”が反映されているものです。

結局、自分が

「これだけは伝えたい!
 それ以外はいらない」

という、強い想いが絞りきれていないから
いざというときに、あっちフラフラこっちフラフラし、


「誰にも嫌われはしないけれども、
 誰にも好かれもしない」

という中途半端な状態になってしまうのだ、、、
反省とともに思ったわけです。



■できるなら、
誰にも嫌われたくはない、というのは、
他の人にもあるかと思います。

できるだけたくさんの人に
承認してほしいと思う気持ちも、確かにある。

ただ、それでは
「自分が本当に提供したい、世に伝えたいこと」が
ぶれるのもまた事実なのでしょう。

ゆえに、己の最も伝えたいことを絞る大切な問いとは


【「誰に嫌われるのか?」という問い】


であり、このことに自覚的であるからこそ
自分が共に歩みたい人、価値を提供したい人、、、

それらが見えてくるのではなかろうか、

と思います。



■そしてこれは、
私たちの人生でも同じなのでしょう。

「誰に嫌われるかを決める」ことは同時に、
「誰に非常に愛されるかを決める」ことになります。

自分が大事にしたいこと、
譲れないことが、一緒にいたい人、それが、
同時に浮き上がってくるようにも思います。


人間関係は修行みたいなもので、
「嫌いだから付き合わない」
というシンプルな話でもないと私は感じていますが、

それでも

「誰に嫌われるか決める」

という問いは、
望ましい人間関係や生き方を考える、
一つのヒントにもなるだろう、

そんなことを思った次第です。


皆さまは、誰に嫌われますか?
(=強く愛されたいですか?)


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本日も皆さまにとって、素晴らしい1日となりますように。


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<本日の名言>


全世界を知っておのれ自身を知らぬものがある。


ラ・フォンテーヌ(フランスの詩人/1621-1695)

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